返り咲きのヴィルヘルミナ
眠り騎士
革命後の処理に追われていたヴィルヘルミナは、コーバスの勧めによりエフモント公爵領に一時的に戻った。
一時的ではあるが、多忙さからは解放されたヴィルヘルミナ。ゆっくりと休むことが出来て疲れは取れた。しかし、ヴィルヘルミナにはまだ気掛かりなことが一つあった。
「マレインお義兄様……」
ヴィルヘルミナを庇い、胸部を撃たれたマレイン。医学が発展しているナルフェック王国の医療部隊のお陰で一命は取り留めはした。しかし、まだ目を覚さないマレイン。
一応点滴はしているものの、明らかに栄養分は足りていないので逞しかった腕はやや細くなっている。
ヴィルヘルミナは眠るマレインの手をそっと握った。
「マレインお義兄様、どうか目を覚ましてください」
その時、ラルスが部屋に入って来る。
「ミーナ、マレインの様子はどうだ?」
「相変わらずですわ、ラルスお義兄様……」
ヴィルヘルミナは悲しげにタンザナイトの目を細める。
「そうか……」
ラルスは軽くため息をついた。
翌日も、その翌日も、毎日毎日ヴィルヘルミナはマレインに付ききりだった。
「マレインお義兄様、今日は庭園に珍しい小鳥がいたのですよ」
「王都も復興が進んでおりますわ。この前見たら、パティスリーに行列が出来ていましたのよ」
「サスキアはいずれナルフェック王国に帰ってしまうみたいですが、まだしばらくは私のお手伝いをしてくださいますのよ」
「この前、ネンガルド王国の女王であるアイリーン様からお手紙が届きましたわ。ネンガルド王国も革命後の支援をしてくれるそうですの」
「そういえば、この前コーバスが……」
毎日根気良くマレインに話しかけるヴィルヘルミナ。
しかし、マレインはヴィルヘルミナの言葉に答えず、目を覚さないままである。
「マレインお義兄様……」
ヴィルヘルミナは悩ましげにため息をつく。
(生きてはいるけれど、マレインお義兄様はここにはいない状態なのね……)
全く目を覚ます気配のないマレインに、ヴィルヘルミナの思考は段々後ろ向きになってしまう。
(もうこのまま目を覚さないのかしら……? このままだと栄養失調で死んでしまう可能性もあるわ……)
タンザナイトの目は、輝きを失いかけていた。
その時、ふとラルスの言葉を思い出す。
『ミーナ、マレインのことは俺も心配だ。でも……あいつは……マレインは簡単に死ぬような男じゃない。それに、ナルフェック王国の医療部隊もいる。信じよう』
その時のラルスの表情は力強く、頼もしかった。
(信じる……。そうね、私がマレインお義兄様が絶対に目を覚ますと信じないといけないわね)
光を失いかけていたタンザナイトの目に、再び光が戻る。
「マレインお義兄様はずっと、私のことを信じてついて来てくれましたわね。私が、ドレンダレン王国を変える為に王太子妃になろうとした時も」
脳裏に浮かぶマレインは、いつだってヴィルヘルミナに優しい笑みを向けていた。そして彼のクリソベリルの目は、真っ直ぐで力強さがある。まるでヴィルヘルミナに対して「君が進む道を信じているよ」と言うかのように。
「私は、マレインお義兄様がきっと目を覚ますことを信じておりますわ。だって、マレインお義兄様は強いですもの」
ヴィルヘルミナはマレインの、黒褐色の柔らかい癖毛を片手でそっと掬う。そしてマレインの髪にキスを落とす。
「貴方が目を覚ましたら、お伝えしたいことがありますの。だから、マレインお義兄様、どうか目を覚ましてください」
ヴィルヘルミナは眠ったままのマレインに笑みを向けた。美しい笑みである。そしてそのままマレインの手を握った。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
真っ白な空間に、マレインは立っていた。
(ここは……?)
周囲を見渡しても、真っ白なだけで何もない。
(そういえば、僕はミーナを庇って撃たれたような……)
マレインは自身の胸部に目を向けるが、撃たれた形跡どころか傷一つ見当たらない。
(……気のせいだったのか?)
マレインは不思議そうに首を傾げている。
その時、マレインの目の前に階段が現れた。上へ上へ、どこまでも上へと続く階段である。
(この階段を上ればいいということかな?)
マレインはゆっくりと一歩足を進めようとした。
その時だ。
「マレインお義兄様!」
後ろの方から声が聞こえた。マレインにとって、よく聞き覚えのある声た。
「ミーナ?」
マレインは後ろを振り返る。
しかし、ヴィルヘルミナの姿は見えず、真っ白な空間がただ続いているだけであった。
「ミーナ、そっちにいるんだね」
マレインは声が聞こえた方向に優しい笑みを向け、ゆっくりとその方向へ歩き始めた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ヴィルヘルミナはマレインの手を握り、祈っていた。
(マレインお義兄様……どうか目を覚まして)
その時、マレインの手がピクリと動いた。
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目をハッと見開く。
「マレインお義兄様……!?」
恐る恐る顔を上げるヴィルヘルミナ。
マレインの瞼はピクリと動いて……。
「ん……ここ……は……?」
少し弱々しい掠れた声が響く。クリソベリルの目は、朧げではあるがしっかりと開いていた。
「マレインお義兄様!」
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目からポロポロと大粒の涙を零す。まるで透明な水晶のようである。
「ミーナ……無事だったんだね」
マレインは優しく微笑み、ゆっくりとヴィルヘルミナの涙を拭った。
「良かった……本当に良かったですわ。マレインお義兄様が目を覚まされて……」
透明な水晶のような涙は止まることなく、まだポロポロとヴィルヘルミナのタンザナイトの目から零れ落ちる。ヴィルヘルミナはベッドに横たわるマレインにゆっくりと抱きついた。マレインは優しくヴィルヘルミナの背中を撫でる。
「そうか、僕は生きているんだね」
ゆっくりと自信に何があったかを思い出したマレイン。
「ミーナ、怪我はなかった?」
自身のことよりも、まずはヴィルヘルミナの心配をしているマレイン。ヴィルヘルミナはコクコクと頷く。
「ええ、マレインお義兄様のお陰で、私は無事でしたわ。お義兄様、私が油断したばかりに申し訳ございません」
抱きついたまま、涙ながらに謝るヴィルヘルミナ。マレインはゆっくりと首を横に振る。
「ミーナのせいじゃないよ。君に怪我がなくて……本当に良かった。ミーナを守ることが出来て誇りに思うよ」
マレインはそっとヴィルヘルミナの頭を撫でる。
「マレインお義兄様……貴方が目を覚ましてくれて……本当に良かったです。私、怖かったですわ。もしもこのままマレインお義兄様が目を覚まさなかったらと考えてしまって……」
嗚咽を漏らすヴィルヘルミナ。
「心配かけてごめんね。……夢を見たんだ。……僕は何もない真っ白な空間にいて、突然目の前に上へ続く階段が現れた。……上ろうとしたけれど、後ろからミーナが僕を呼ぶ声が聞こえたんだ。だから、階段は上らずに戻ったんだよ」
するとヴィルヘルミナはマレインを抱き締める力を少し強める。
「上らなくて良かったですわ。多分それは、天国への階段でしょう。上ったら、きっとマレインお義兄様は戻って来れなくなっていましたわ」
「そうかもしれないね。だけど、ミーナのお陰で戻って来ることが出来た。ありがとう」
マレインはゆっくりと体を起こした。ヴィルヘルミナのタンザナイトの目と、マレインのクリソベリルの目が重なる。いまだに涙を流しているヴィルヘルミナ。マレインは優しく微笑み、ヴィルヘルミナの涙をそっと拭った。
眠り騎士はようやく目覚めたのだ。
一時的ではあるが、多忙さからは解放されたヴィルヘルミナ。ゆっくりと休むことが出来て疲れは取れた。しかし、ヴィルヘルミナにはまだ気掛かりなことが一つあった。
「マレインお義兄様……」
ヴィルヘルミナを庇い、胸部を撃たれたマレイン。医学が発展しているナルフェック王国の医療部隊のお陰で一命は取り留めはした。しかし、まだ目を覚さないマレイン。
一応点滴はしているものの、明らかに栄養分は足りていないので逞しかった腕はやや細くなっている。
ヴィルヘルミナは眠るマレインの手をそっと握った。
「マレインお義兄様、どうか目を覚ましてください」
その時、ラルスが部屋に入って来る。
「ミーナ、マレインの様子はどうだ?」
「相変わらずですわ、ラルスお義兄様……」
ヴィルヘルミナは悲しげにタンザナイトの目を細める。
「そうか……」
ラルスは軽くため息をついた。
翌日も、その翌日も、毎日毎日ヴィルヘルミナはマレインに付ききりだった。
「マレインお義兄様、今日は庭園に珍しい小鳥がいたのですよ」
「王都も復興が進んでおりますわ。この前見たら、パティスリーに行列が出来ていましたのよ」
「サスキアはいずれナルフェック王国に帰ってしまうみたいですが、まだしばらくは私のお手伝いをしてくださいますのよ」
「この前、ネンガルド王国の女王であるアイリーン様からお手紙が届きましたわ。ネンガルド王国も革命後の支援をしてくれるそうですの」
「そういえば、この前コーバスが……」
毎日根気良くマレインに話しかけるヴィルヘルミナ。
しかし、マレインはヴィルヘルミナの言葉に答えず、目を覚さないままである。
「マレインお義兄様……」
ヴィルヘルミナは悩ましげにため息をつく。
(生きてはいるけれど、マレインお義兄様はここにはいない状態なのね……)
全く目を覚ます気配のないマレインに、ヴィルヘルミナの思考は段々後ろ向きになってしまう。
(もうこのまま目を覚さないのかしら……? このままだと栄養失調で死んでしまう可能性もあるわ……)
タンザナイトの目は、輝きを失いかけていた。
その時、ふとラルスの言葉を思い出す。
『ミーナ、マレインのことは俺も心配だ。でも……あいつは……マレインは簡単に死ぬような男じゃない。それに、ナルフェック王国の医療部隊もいる。信じよう』
その時のラルスの表情は力強く、頼もしかった。
(信じる……。そうね、私がマレインお義兄様が絶対に目を覚ますと信じないといけないわね)
光を失いかけていたタンザナイトの目に、再び光が戻る。
「マレインお義兄様はずっと、私のことを信じてついて来てくれましたわね。私が、ドレンダレン王国を変える為に王太子妃になろうとした時も」
脳裏に浮かぶマレインは、いつだってヴィルヘルミナに優しい笑みを向けていた。そして彼のクリソベリルの目は、真っ直ぐで力強さがある。まるでヴィルヘルミナに対して「君が進む道を信じているよ」と言うかのように。
「私は、マレインお義兄様がきっと目を覚ますことを信じておりますわ。だって、マレインお義兄様は強いですもの」
ヴィルヘルミナはマレインの、黒褐色の柔らかい癖毛を片手でそっと掬う。そしてマレインの髪にキスを落とす。
「貴方が目を覚ましたら、お伝えしたいことがありますの。だから、マレインお義兄様、どうか目を覚ましてください」
ヴィルヘルミナは眠ったままのマレインに笑みを向けた。美しい笑みである。そしてそのままマレインの手を握った。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
真っ白な空間に、マレインは立っていた。
(ここは……?)
周囲を見渡しても、真っ白なだけで何もない。
(そういえば、僕はミーナを庇って撃たれたような……)
マレインは自身の胸部に目を向けるが、撃たれた形跡どころか傷一つ見当たらない。
(……気のせいだったのか?)
マレインは不思議そうに首を傾げている。
その時、マレインの目の前に階段が現れた。上へ上へ、どこまでも上へと続く階段である。
(この階段を上ればいいということかな?)
マレインはゆっくりと一歩足を進めようとした。
その時だ。
「マレインお義兄様!」
後ろの方から声が聞こえた。マレインにとって、よく聞き覚えのある声た。
「ミーナ?」
マレインは後ろを振り返る。
しかし、ヴィルヘルミナの姿は見えず、真っ白な空間がただ続いているだけであった。
「ミーナ、そっちにいるんだね」
マレインは声が聞こえた方向に優しい笑みを向け、ゆっくりとその方向へ歩き始めた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ヴィルヘルミナはマレインの手を握り、祈っていた。
(マレインお義兄様……どうか目を覚まして)
その時、マレインの手がピクリと動いた。
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目をハッと見開く。
「マレインお義兄様……!?」
恐る恐る顔を上げるヴィルヘルミナ。
マレインの瞼はピクリと動いて……。
「ん……ここ……は……?」
少し弱々しい掠れた声が響く。クリソベリルの目は、朧げではあるがしっかりと開いていた。
「マレインお義兄様!」
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目からポロポロと大粒の涙を零す。まるで透明な水晶のようである。
「ミーナ……無事だったんだね」
マレインは優しく微笑み、ゆっくりとヴィルヘルミナの涙を拭った。
「良かった……本当に良かったですわ。マレインお義兄様が目を覚まされて……」
透明な水晶のような涙は止まることなく、まだポロポロとヴィルヘルミナのタンザナイトの目から零れ落ちる。ヴィルヘルミナはベッドに横たわるマレインにゆっくりと抱きついた。マレインは優しくヴィルヘルミナの背中を撫でる。
「そうか、僕は生きているんだね」
ゆっくりと自信に何があったかを思い出したマレイン。
「ミーナ、怪我はなかった?」
自身のことよりも、まずはヴィルヘルミナの心配をしているマレイン。ヴィルヘルミナはコクコクと頷く。
「ええ、マレインお義兄様のお陰で、私は無事でしたわ。お義兄様、私が油断したばかりに申し訳ございません」
抱きついたまま、涙ながらに謝るヴィルヘルミナ。マレインはゆっくりと首を横に振る。
「ミーナのせいじゃないよ。君に怪我がなくて……本当に良かった。ミーナを守ることが出来て誇りに思うよ」
マレインはそっとヴィルヘルミナの頭を撫でる。
「マレインお義兄様……貴方が目を覚ましてくれて……本当に良かったです。私、怖かったですわ。もしもこのままマレインお義兄様が目を覚まさなかったらと考えてしまって……」
嗚咽を漏らすヴィルヘルミナ。
「心配かけてごめんね。……夢を見たんだ。……僕は何もない真っ白な空間にいて、突然目の前に上へ続く階段が現れた。……上ろうとしたけれど、後ろからミーナが僕を呼ぶ声が聞こえたんだ。だから、階段は上らずに戻ったんだよ」
するとヴィルヘルミナはマレインを抱き締める力を少し強める。
「上らなくて良かったですわ。多分それは、天国への階段でしょう。上ったら、きっとマレインお義兄様は戻って来れなくなっていましたわ」
「そうかもしれないね。だけど、ミーナのお陰で戻って来ることが出来た。ありがとう」
マレインはゆっくりと体を起こした。ヴィルヘルミナのタンザナイトの目と、マレインのクリソベリルの目が重なる。いまだに涙を流しているヴィルヘルミナ。マレインは優しく微笑み、ヴィルヘルミナの涙をそっと拭った。
眠り騎士はようやく目覚めたのだ。