返り咲きのヴィルヘルミナ

ヴィルヘルミナの出自・後編

「ヴィルヘルミナ、つまり貴女は……ドレンダレン王国の正当な王家……ナッサウ王家の生き残りなのよ。貴女のミドルネームのノーラというのは、エレオノーラ王妃殿下の愛称なの」
 真っ直ぐヴィルヘルミナのタンザナイトの目を見て語るペトロネラ。
「君の髪色、そして目の色はナッサウ王家の特徴だ。髪色と目の色はヘルブラント国王陛下と同じだが、顔立ちはエレオノーラ王妃殿下に似てきたな」
 テイメンは優しくヴィルヘルミナの頭を撫でる。
(わたくし)の血の繋がった両親は……前国王陛下と前王妃殿下……」
 ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を大きく見開き絶句していた。
「ミーナは王族だったのか。でもそれって……」
「かなり危険……ですよね……」
 ラルスとマレインは互いに顔を見合わせて困惑した表情になっていた。テイメンはそれに頷く。
「ああ、その通りだ。ラルス、マレイン、このこと……ヴィルヘルミナがナッサウ王家の生き残りだということは絶対に誰かに知られてはならない。もう分かっているとは思うが、ヴィルヘルミナがナッサウ王家の血を引いていることが公になれば、今の悪徳王家に処刑されてしまう」
 テイメンの表情は真剣そのものだった。
「そんな……!」
 ヴィルヘルミナは絶句する。ペトロネラはそんなヴィルヘルミナを強く抱き締める。
「大丈夫よ、ヴィルヘルミナ。(わたくし)が貴女を絶対に守り抜くわ。……この命に変えてでも」
「命……そんな……」
 ヴィルヘルミナは震えてペトロネラの腕をすり抜けて逃げ出した。まだ八歳のヴィルヘルミナ。自身の大き過ぎる秘密に恐怖を覚えるのも当然だ。
「ヴィルヘルミナ!」
「どこへ行くんだ!?」
 ペトロネラとテイメンは慌ててヴィルヘルミナを追いかける。
「マレイン、俺達もミーナを追いかけるぞ」
「はい、兄上」
 ラルスとマレインもヴィルヘルミナを追いかけた。

「マレイン、いたか?」
「いえ、ミーナは見つかりません。父上と母上が既に見つけたのでしょうか?」
「いや、城の騒がしさを見る限り、多分まだだと思う」
 ヴィルヘルミナを見つけることは難航していた。エフモント公爵城全体がヴィルヘルミナ捜索をしている。
「ミーナ……これから大丈夫でしょうか? 大きな秘密に押し潰されたりしないでしょうか?」
 マレインは心配そうに呟く。
「ナッサウ王家の血を継ぐ……か。……クーデター当時、俺はまだ三歳で記憶は朧げだが、確かに今思えば妙だった。ミーナはマレインとは違って、ある日突然母上が連れて来たって感じだったな」
 ラルスは当時のことをぼんやりと思い出していた。
「……マレイン、俺達で絶対にミーナを守り抜くぞ」
 ラルスのラピスラズリの目は真っ直ぐで真剣だった。
「はい、兄上」
 頷くマレイン。クリソベリルの目は覚悟が決まったかのようである。





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 一方、ヴィルヘルミナは……。
((わたくし)がナッサウ王家の生き残り……。バレたら処刑されてしまう……。どうしよう……!?)
 エフモント城の庭園の隅の大きな木の下でうずくまって泣いていた。
「やっぱりここにいたか」
 頭上からよく聞き慣れた声が聞こえた。
 ヴィルヘルミナが顔を上げると、ラルスとマレインがいた。先程の声の主はラルスだ。
「ミーナ、父上も母上も心配しているよ。戻ろう」
 マレインは優しげにクリソベリルの目を細めた。
「でも……」
 ヴィルヘルミナの目からはポロポロと涙が零れている。
「ミーナ……血が繋がってなくても、お前は俺達の大切な家族だ! もしお前が悪徳王家に殺されそうになったとしても、俺達が絶対に守ってやる!」
 凛々しく力強い笑みを浮かべるラルス。
「そうだよ、ミーナ。僕もミーナを守れるくらい強くなるから」
 優しげだが凛とした笑みのマレイン。
 ヴィルヘルミナのタンザナイトの目からは更に涙が溢れ出る。
「ああ、もう、俺達がついてるんだ。大丈夫だから泣き止めよ」
「そうだよ、ミーナ。ミーナは笑顔の方が似合うから」
 ヴィルヘルミナの頭をクシャッと撫でるラルス。そしてヴィルヘルミナに優しく微笑むマレイン。
「……はい」
 そんな二人お陰で少しだけ元気になるヴィルヘルミナ。涙を拭いてほんのり口角を上げた。
「よし。俺は父上と母上と使用人達にミーナが見つかったことを知らせに行く。だから早く戻るんだぞ」
 ラルスはニッと笑い、城の方へ走るのであった。
「ミーナ、戻ろう」
 マレインはそっとヴィルヘルミナに手を差し出す。ヴィルヘルミナはその手をゆっくりと取った。
 ヴィルヘルミナとマレインは手を繋ぎ、ゆっくりと城へ戻り始めた。
「違うの……」
 ポツリとヴィルヘルミナが呟く。
「ん? ミーナ、何が違うんだい?」
 マレインが不思議そうに首を傾げた。
「本当は……」
 ヴィルヘルミナは本心を口にした。





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「おいミーナ、聞いているのか?」
 目の前には真剣な表情のラルス。
 八歳の頃を思い出していたヴィルヘルミナは、ハッと現実に引き戻される。
「全く……。とにかく、無断で一人で城から出ないことだ。もし今度そうしたら、お前は外出禁止だ。ずっとエフモント城の中にいてもらう」
 険しい表情のラルス。どうやら本気らしい。
「そんな、ラルスお義兄(にい)様、外出禁止だなんて酷いですわ」
 ヴィルヘルミナは眉を下げて抗議の声を上げる。
 血が繋がっていないことが分かってからは、テイメン、ペトロネラ、ラルス、マレインのことを義父(ちち)義母(はは)義兄(あに)と呼ぶようになったヴィルヘルミナである。
「兄上、僕もそう思いますよ。ミーナを守りたいのは僕も同じですが、自由を奪うのは少し違うのではありませんか? もしミーナが外に出たいのならば必ず僕もついて行くようにしますし」
 マレインはやんわりとラルスを非難した。
「じゃあもしミーナが外に出た時、何かあったらどうするんだ? 誰かがしっかりミーナのことを守ってくれるのか? マレイン、今のお前は何があってもミーナを守り切ることが出来る自信はあるのか?」
「それは……」
 マレインは言い淀んでしまう。最近は剣術などでラルスに少しは勝てるようになってきているのだが、まだまだなのだある。
「とにかくミーナ、お前は勝手に外に出ないことだ。分かったな」
「……はい、ラルスお義兄様」
 ヴィルヘルミナは俯いてそう返事をした。
「エフモント城に戻るぞ」
 軽くため息をつくラルス。
 ヴィルヘルミナはマレインと困ったように顔を見合わせてラルスについて行くのであった。
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