返り咲きのヴィルヘルミナ

放っておけない彼女③

「こんなにも革命派がいるとは……」
 ヘルディナはムーンストーンの目を丸くした。
「ああ。中には俺たちみたいな貴族もいる」
 ラルスはフッと笑った。
 ラルスはヘルディナを革命集会が(おこな)われている小さな出版社まで連れて来たのだ。
「だから、ベンティンク家への復讐は、前みたいな自爆的なやり方ではなく、戦略を立ててやるべきだ」
 するとヘルディナは気まずそうにラルスから目を逸らす。
「あの時は……エフモント卿に迷惑をかけてすまなかった」
「いや、ワッセナール嬢がこうして冷静になったくれたから、それで十分(じゅうぶん)だ。これ以上ベンティンク家の奴らに誰の命も奪わせたくない」
 ラルスは拳を握り、革命集会の中心にいる者達に目を向ける。
 アッシュブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目のコーバス。革命集会のリーダー格である。そして彼の側には赤茶色の髪に、眼鏡をかけている二人の男女。変装したヴィルヘルミナとマレインである。
 王宮ではヴィルヘルミナとマレインが、そして王宮の外ではラルス達革命推進派貴族が情報を集めているのだ。
「その通りだ」
 ヘルディナのムーンストーンの目は、真っ直ぐ未来を向いていた。
 怒りや憎悪が消えたわけではないが、殺されたレネー達や虐げられている民達の為に出来ることを考え始めていたのだ。





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 そして革命集会の帰り。
 ヘルディナはまた庶民的なカフェを見つめていた。
「ワッセナール嬢、入ってみるか?」
 ラルスはフッと笑いながらヘルディナを誘う。
「……そうだな」
 ヘルディナはラルスからの申し出に少し戸惑いつつも頷いた。

 カフェに入ると、少しだけ仕切られた個室風の席に案内された二人。

 カフェの中は、そこそこ賑わっている。カフェの客はベンティンク家への恐怖もあるが、やや明るい表情である。
 ベンティンク家の恐怖政治の中、まだカフェのような憩いの場は守られていた。しかし、このような場がいつ潰されるか分からない。もしかしたらベンティンク家が突然個人の財産所有を禁ずる可能性もある。
 そんな中での束の間の一息といったところだ。

「ワッセナール嬢は何を頼む?」
 ラルスはヘルディナにメニューを渡した。
「もう決まっている」
 ヘルディナはフッと口角を上げ、ラルスにメニューを向けた。
「そうか……」
 ラルスは軽くメニューを見て注文するものを決めた。

 しばらくすると、ラルス達が注文したものが運ばれて来た。
 ラルスは紅茶とアップルタルト、ヘルディナはコーヒーとストローワッフルだ。
 ヘルディナが注文したストローワッフルには間にキャラメルソースが挟まれている。
 ラルスはアップルタルトを一口食べる。
 りんごの甘酸っぱさと、シナモンの香りが口いっぱいに広がった。
 ヘルディナはストローワッフルを一口食べる。
 満足そうに表情を綻ばせるヘルディナ。柔らかく穏やかな笑みである。
 ラルスはヘルディナの笑顔を見て、思わず胸が高鳴った。
(……そんな表情もするんだな。初めて見た)
 ラルスも表情を綻ばせた。
 胸に広がる温かな感情。ラルスはその感情の正体を知っていた。
(まさかこうなるとはな)
 ラルスは紅茶を一口飲む。
「久々に食べた気がする」
 ヘルディナはポツリと呟いた。
「ストローワッフルをか?」
「ああ。私の好物だ。……レネーとよく一緒に食べていた……このカフェで平民の振りをしながら」
 ヘルディナのムーンストーンの目は、懐かしさと悲しさに染まる。
 いつもとは違い、どこか儚げな表情だ。
 ラルスは思わずヘルディナの表情に目を奪われる。
(……やっぱり、ワッセナール嬢は笑顔の方が似合う。彼女にそんな表情をさせたくない。彼女の怒り、憎悪、悲しみを今すぐに取り除くことは出来ないけれど……)
 ラルスはラピスラズリの目を真っ直ぐヘルディナに向ける。
「ワッセナール嬢、必ず成功させよう」
 誰に何を聞かれているか分からない以上、何をとは言わない。それでもヘルディナには伝わった。
 ヘルディナは力強く頷く。
「ああ、もちろん」
 ムーンストーンの目は、力強かった。
 ラルスはヘルディナの力強いムーンストーンの目に引き込まれそうになる。
(ああ、やっぱり、彼女は強い。俺は……ワッセナール嬢が好きなんだ)
 それはヴィルヘルミナへの失恋以降、久々の恋心である。
 それを自覚すると、少し欲が出る。
「エフモント卿、今日は」
「ラルスで構わない」
「え?」
 ラルスの言葉にヘルディナはきょとんとする。
「エフモント卿だと長いだろう?」
 ラルスは悪戯っぽく笑う。
「……今までいつもそう呼んでいたから慣れたが」
 ヘルディナは苦笑する。
「まあ良いじゃないか」
 ラルスは少しヘルディナから目を逸らす。
「……ラルス卿?」
「卿も必要ない」
「でも、貴方は公爵令息で」
「君が今まで俺に礼儀正しかったことがあったか? 今更だろう?」
 ラルスはニヤリと悪戯っぽい表情になる。
 ヘルディナは若干気まずそうに黙り込んだ。
 二人の間に少しの沈黙が流れる。
 そして、観念したようにヘルディナが口を開く。
「ラルス……」
 ヘルディナの口からそう呼ばれ、ラルスは嬉しくなる。
「ああ。じゃあ俺も、君のことをヘルディナと呼ばせてもらおう。ワッセナール嬢だと長いなと思っていたんだ」
 ラルスは口角を上げた。
「……まあ、良いだろう」
 ヘルディナは若干頬を赤くしながらラルスから目を逸らした。
「ヘルディナ、ここからが正念場だ。気を引き締めていこう」
 ラルスは力強く、真っ直ぐヘルディナを見つめる。
「そうだな、ラルス」
 ヘルディナのムーンストーンの目は、未来を向いていた。

 二人は革命を成功させ、ドレンダレン王国の平和を取り戻すことを誓った
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