返り咲きのヴィルヘルミナ

放っておけない彼女④

 季節は春になった。
 ラルス達革命推進派は着実にベンティンク家を倒す準備を進めていた。
 そんなある日の革命集会にて。
 この時、ベンティンク家を倒した後、誰がドレンダレン王国を治めるかが議題に上がった。
 そこで皆尻込みしているようである。
「普通に考えたら……コーバスだろう」
 ラルスの隣にいるヘルディナがポツリと呟く。
「まあ……皆から見たらそうだが」
 ヴィルヘルミナの正体を知っているラルスはニヤリと口角を上げた。
 中央でどうするか決めあぐねている中、一人の凛とした声が響く。
「それならば、(わたくし)がなりますわ」
 赤茶色のカツラを被り変装したヴィルヘルミナである。変装用の眼鏡の奥のタンザナイトの目は真っ直ぐ覚悟が決まっていた。
「あの者は……確かヴィリーだったか。彼女が……」
 ヘルディナは意外そうにムーンストーンの目を丸くした。
 周囲も意外そうに騒めいている。
「彼女なら、女王になる資格がある」
 ヴィルヘルミナ同様、赤茶色のカツラと眼鏡で変装しているマレインはフッと口角を上げた。
「どういうことだ……?」
 ヘルディナはマレインの言葉に困惑していた。
「まあ見ていろ」
 ラルスはヘルディナに向かってポツリと呟き、前に出る。
「二人共、そろそろその変装をやめたらどうだ?」
 すると、ヴィルヘルミナとラルスは変装用の赤茶色のカツラと眼鏡を外す。

 ヴィルヘルミナの本来の、太陽の光に染まったようなブロンドの真っ直ぐ伸びた髪に、タンザナイトのような紫の目が露になる。
 マレインも、黒褐色の柔らかな癖毛とクリソベリルのような緑の目をさらけ出す。

 当然周囲には激震が走る。
 どうして王太子妃がここにいるのか、革命集会を摘発しに来たのかと、皆混乱していた。
(王太子妃……!? どういうことだ!?)
 もちろん、ヘルディナもムーンストーンの目を零れ落ちそうなくらい大きく見開いて驚愕していた。
 そして、ヴィルヘルミナは更に衝撃的な発言をする。
(わたくし)の本当の名前は……ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ。前国王ヘルブラントと前王妃エレオノーラの娘でございます」
 あまりの衝撃に、皆言葉を失っていた。
(王太子妃が……ナッサウ王家の生き残り……!?)
 ヘルディナの脳内は衝撃的な情報を一気に浴びたせいで完全に混乱しており、理解が追いつかなくなっていた。

 ヴィルヘルミナがナッサウ王家の血を引くことは、ナルフェック王国にある遺伝子検査技術により証明されていた。ヴィルヘルミナは前国王ヘルブランドの従弟(いとこ)であるナルフェック王国王配シャルル、そして前王妃エレオノーラの姉であるネンガルド王国女王アイリーンとの血縁関係があるのだ。これはヴィルヘルミナがナッサウ王家の血を引く動かぬ証拠である。
 更に、ヴィルヘルミナはナルフェック王国やネンガルド王国など、近隣諸国の協力を取り付けており、革命はほぼ確実に成功することが見えたのだ。





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「驚いただろう、ヘルディナ」
 ラルスはニヤリとしたり顔だ。
「ああ……色々と衝撃的過ぎた」
 ヘルディナは放心状態である。
 革命集会が落ち着き、小さな出版社の一画で二人は話していた。
「王太子妃がナッサウ王家の生き残りで、革命を成し遂げようとしていた。マレイン卿も彼女に協力していた。……ラルスの立ち位置にも納得だ」
 ヘルディナは肩をすくめた。
「ああ」
「……何というか、ベンティンク家に嫁いだ王太子妃殿下ということだけで彼女に恨みを抱いてしまった自分が……情けない。恨んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ……」
 深くため息をつくヘルディナ。
「ヘルディナは何も知らなかったから仕方ないだろ。それに、俺もミーナを守る為に秘密にしていたからな。ヘルディナが気にすることじゃない」
 ラピスラズリの目は、優しげだった。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、少し気が楽になる」
 ヘルディナの表情は少しだけ和らいだ。
「王太子妃殿下とマレイン卿は……凄いな。自ら危険な敵地に入り込んでいるのだから」
 ヘルディナは目線を上げる。今は王宮に戻ったヴィルヘルミナ達に畏敬の念を抱いていた。
 ヘルディナの言葉に対し、ラルスはヴィルヘルミナとマレインがエフモント公爵家にいた頃のことを思い出す。

 今はもう吹っ切れているが、ヴィルヘルミナへの恋慕。そして、初めてマレインに敗北した時のこと。

「ああ、ミーナとマレインは……凄い奴だ」
 ラピスラズリの目は、懐かしげだった。
「俺はさ、ミーナを何としてでも守ろうとして……守り方を間違えたんだ」
 ラルスは自嘲しながらため息をついた。

 かつてラルスはヴィルヘルミナを無理やり監禁してしまった。ヴィルヘルミナがドレンダレン王国を取り戻す為に、ベンティンク家の内情を探る為に王太子妃になると決意した時、ラルスは何としてでも阻止したいと思い強硬手段に出てしまったのだ。
 そして自分と同じようにヴィルヘルミナを想っているマレインとの対決で敗北した。

「マレインは格好良い男だよ。あいつはミーナの意思を尊重して、寄り添う選択が出来るんだ。マレインには男として敵わない」
 ラルスは天を仰いだ。
「ラルス……」
 ヘルディナは少し意外そうにラルスを見つめている。
「でも、私はラルスも凄いと思う。ベンティンク家内部に潜り込んだ二人の為に動いたりしているから。革命推進派の貴族を探し出す必要があったし、王太子妃殿下がナッサウ王家の血を引くという秘密も守らなければならない。大変な立場にいたはずだ。それを成し遂げるラルスは……本当に凄い」
 ムーンストーンの目は、真っ直ぐラルスに向いている。
 ラルスの心臓は跳ね、顔は少し上気する。
「……ありがとう」
 ラルスは思わずヘルディナから目を逸らしてしまった。
「私はただ私憤と義憤に支配されて、感情のまま動こうとしたのが恥ずかしいくらいだ」
 ヘルディナは気まずそうに自嘲した。
「恥じることはないと思う。俺は……ヘルディナのそういう正義感が強い部分を……良いと思っているからな」
 ラルスは少し上気した顔のまま、ラピスラズリの目をヘルディナに向ける。
「……そう……か。ありがとう、ラルス」
 ヘルディナはムーンストーンの目を丸くしていた。少しだけ頬も赤くなっているように見えた。
(ヘルディナに俺の想いを伝えるのは……革命が成功してからだ)
 ラルスは密かにそう決意した。
「私は……陛下について行きたい」
「陛下?」
「ああ。ヴィルヘルミナ女王陛下だ」
 ヘルディナは力強く微笑んだ。
 ラルスはその言葉にフッと笑う。
「そうだな。ミーナはドレンダレン王国の女王だ」
「陛下なら、きっとドレンダレン王国を平和で穏やかな国にしてくれる」
「ああ。その為にも、俺達も出来ることをして行くぞ」
 ラルスもヘルディナも、希望の光が見えていた。





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 その後、革命推進派は見事にベンティンク家を倒し、革命は成立した。
 しかし、その後の処理に追われたラルスはエフモント公爵領に戻り、中々ヘルディナに会えずにいた。手紙を書く暇もない。
(一ヶ月以上ヘルディナに会えていないな……。それに、色々やることが多い。マレインのことも……)
 ラルスは深いため息をつく。
 ヴィルヘルミナを庇って銃で撃たれたマレインのことも心配であった。
(いや、マレインは一命を取り留めた。あいつは簡単に死ぬような男じゃない)
 ラルスはマレインを信じ、革命によりエフモント公爵領で生じた問題を処理した。
 その時、扉がノックされる。
「ラルス様、お客様がいらっしゃいました」
「お客様……? 誰かを呼んだ覚えはないが」
 ラルスは扉の外から聞こえた使用人の声に戸惑う。
「その、ワッセナール侯爵令嬢がいらしておりまして」
 使用人の言葉を聞いたラルスはラピスラズリの目を大きく見開く。
「ワッセナール侯爵令嬢……ヘルディナのことか……!? 分かった。通してくれ」
 すると使用人は「かしこまりました」と答え、しばらくするとラルスの執務室にヘルディナが入って来た。
「久し振りだな、ラルス。どうしているか少し気になって、押しかけてすまない」
 ヘルディナは眉を八の字にして笑い、肩をすくめる。
「いや、まさかヘルディナがわざわざエフモント公爵城(ここ)に来るとは思ってもいなかった」
 ラルスは少し肩の力を抜く。
「……目の下に隈が出来ている。革命の後処理、大変そうだな。その、マレイン卿のことも……」
 ヘルディナは少し口ごもる。
 マレインの状況は、ヘルディナも知っていた。
「まあな。でも、マレインはそう簡単に死ぬような男じゃない。俺は、大丈夫だと信じている」
 ラルスのラピスラズリの目には迷いがなかった。マレインへの信頼は、ラルスにとって大きなものである。
「マレイン卿のことを心から信じているんだな」
「ああ。あいつは俺の自慢の弟だ」
 ラルスは得意げに笑う。
「そうか」
 ラルスの様子にヘルディナはホッとしたように表情を和らげた。
「でも。領地のことは色々追われているようだな」
「まあ……簡単じゃない。ベンティンク家を倒して民達の恐怖は消えたが、問題は山積みだ。ミーナがいる王都マドレスタムもそうだろうし、ワッセナール侯爵領もそうだろう?」
「まあ、そうだな。ワッセナール侯爵家も、お父様とお兄様が革命後の余波でドタバタしている。私も後処理を手伝っていた。今年はどの家も社交に精を出す暇はないだろう」
 ヘルディナは苦笑する。
「やっぱりどこもそうか」
 ラルスも苦笑した。
「でも、少しだけ休んで良いとお父様達から言われたから、ラルスの所に行くことにした。どうしているか気になったし」
 ヘルディナはやや頬を赤く染めて、ラルスから目を逸らしている。
「俺も、君に手紙を書こうと思っていたが、予想以上に時間が取れなかった」
 ラルスは軽くため息をついた。
「でも、こうしてヘルディナに会えて……嬉しい」
 ラルスも頬を赤く染め、ヘルディナから目を逸らす。
 するとヘルディナはラルスに籠を手渡す。
「それは何だ?」
 ラルスは不思議そうに首を傾げた。
「桃だ。ワッセナール侯爵領の名産品。最近収穫の時期になったから……色々と大変そうなラルスが少しでも回復出来るように……」
 ヘルディナは頬を赤く染めて口ごもる。
「ヘルディナ……ありがとう」
 ラルスの胸の中に、嬉しさが広がる。
「早速食べてみて良いか?」
 するとヘルディナはコクリと頷く。
 ラルスは桃の皮をむき、かぶりついた。
 優しい甘さと水分が口の中に広が理、喉を潤す。
「美味いな」
 ラルスは表情を綻ばせた。
「ワッセナール侯爵領自慢の桃だからな」
 ヘルディナはどこか得意げだった。
 二人の間に穏やかな時間が流れる。
(問題は色々山積みだ。でも……ヘルディナに俺の気持ちを伝えるのは今かもしれない)
 ラルスはそう決意し、口を開く。
「ヘルディナ……」
 緊張で口の中が乾き、ほんの少し声が震える。
「俺は君が好きなんだ。君さえ良ければ、この先も俺の側にいてくれないか?」
 ラルスは真っ直ぐヘルディナを見る。
「え……」
 ヘルディナは頬を真っ赤に染めて硬直した。
「それは……その、求婚と捉えて良いのだろうか……?」
 ヘルディナの声は裏返る。ムーンストーンの目は、宙に彷徨っていた。
「ああ、そうだ」
 ラルスはゆっくりと頷いた。
 ヘルディナはラルスをまともに見ることが出来ないようだ。
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。
(やっぱり駄目か……?)
 少し肩を落とすラルス。
 すると、ようやくヘルディナが口を開く。
「私も……可能ならば……この先もラルスの隣にいたい」
 ヘルディナは頬を赤く染めたまま、ムーンストーンの目をラルスに向ける。
 ようやくラピスラズリの目とムーンストーンの目が合ったのだ。
「ヘルディナ、受け入れてくれるということか?」
 ラルスは恐る恐るそう聞いた。するとヘルディナは頷く。
「ああ、そういうことだ」
 その言葉を聞き、ラルスの表情は明るくなる。
「ありがとう、ヘルディナ。落ち着いたら君のお父上、ワッセナール侯爵閣下にも挨拶に伺う。この先も、よろしく」
「……こちらこそ」
 ヘルディナは照れながら柔らかく微笑んでいた。

 その後、マレインの回復やヴィルヘルミナの即位、そしてヴィルヘルミナとマレインの結婚式が(おこな)われ、ラルスもヘルディナも少しドタバタしつつも正式に婚約した。
 そして落ち着いた頃、二人は結婚し、共にエフモント公爵領を盛り立てたり、女王ヴィルヘルミナや王配マレインの手伝いをするのであった。
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