返り咲きのヴィルヘルミナ

ヴィルヘルミナの決意

 数日後、エフモント公爵城の庭にて。
 ヴィルヘルミナ、マレイン、ラルスの三人は剣術を習っていた。
「シェルト先生、お願いします」
 ヴィルヘルミナは(サーベル)を構える。彼女はドレスではなく、パンツスタイルの練習着を着用していた。
 三人に剣術を教えているシェルトという男は、テイメンと古くから付き合いがあるので三人にとって信頼出来る存在だ。
「ではヴィルヘルミナ様、行きますよ」
 シェルトも(サーベル)を構える。
「では、両者手合わせ開始!」
 ラルスの開始の合図と共に、ヴィルヘルミナはシェルトに真っ直ぐ向かっていく。しかしヴィルヘルミナは女である自分が体力やパワー的に男に敵うはずがないことを知っている。だから途中から狙いを変え、シェルトの脚を目掛けて(サーベル)を振った。(サーベル)は見事にシェルトの脚に直撃。シェルトが一瞬怯んだ隙に、ヴィルヘルミナは彼と距離を取った。
「そこまで!」
 ラルスの声が響く。
「ありがとうございました」
 ヴィルヘルミナは(サーベル)を戻し、礼を()る。
「お見事です、ヴィルヘルミナ様。私が貴女に教えた剣術はラルス様やマレイン様に教えたものとは違い、戦う為ではなく自己防衛の為のもの。男性と女性ではパワーの差があります。女性であるヴィルヘルミナ様は、パワーでは男性には敵わないでしょう。ですので、今のように一瞬だけでも相手を怯ませることが重要なのです」
 シェルトは満足そうに頷いた。
「はい」
 ヴィルヘルミナはシェルトの話を真剣に聞いている。
 ヴィルヘルミナが剣術を教わり始めたのは九歳の時。出自が判明し、少しでも自分の身は自分で守れるようになりたいと思いったヴィルヘルミナ。彼女は義父テイメンに頼み込み、義兄達と共に剣術を教わるようになったのだ。もちろん、ラルスは「ミーナが怪我したらどうするんだ!?」と猛反対していた。しかし、何とか説得することが出来たのである。
「では、次はラルス様とマレイン様の手合わせでございます」
 シェルトがラルスとマレインの方を向くと、二人は頷き位置につく。
「両者、構え!」
 シェルトの声と同時に二人は(サーベル)を構える。
「手合わせ開始!」
 シェルトの掛け声により、ラルスとマレインは嵐のように激しく(サーベル)を合わせる。キンッと金属音が響く。両者一歩も譲らない様子だ。
 いつも以上に凛々しく真剣な表情のラルス。そしていつも穏やかなマレインも、その表情は凛としており、どこかを真っ直ぐ見据えていた。
 ラルスが優勢になったり、マレインが優勢になったりと、中々勝負が決まらない。
(昔は体格差があったから、ラルスお義兄(にい)様の方が強かったわ。だけど、マレインお義兄様もここ一年でかなり強くなられているわね)
 ヴィルヘルミナは二人の手合わせを真剣に見つめている。
 その時、ラルスがマレインの(サーベル)を飛ばした。
「そこまで!」
 シェルトの掛け声で手合わせは終わる。ラルスの勝利である。
「「ありがとうございました」」
 ラルスとマレインは互いに礼を執る。
「やはりまだまだ兄上には敵いませんね」
 柔らかに微笑むマレイン。
「いや、マレイン、お前は強くなってきている。今回はかなり焦ったぞ。多分油断したら負けていたかもしれない」
 ラルスは苦笑した。
「お疲れ様でした、お義兄様方。どちらも素晴らしかったですわ」
 ヴィルヘルミナはふふっと微笑む。
「ありがとう、ミーナ。そう言ってもらえて嬉しいよ」
 マレインは優しげにクリソベリルの目を細める。
「おう、ありがとう、ミーナ」
 ラルスはヴィルヘルミナの頭をくしゃっと撫でた。
「もう、ラルスお義兄様、(わたくし)はもう子供ではありませんのよ」
 ヴィルヘルミナは少しムスッとしていた。
「悪い悪い。ヴィルヘルミナはもう十四歳になるんだもんな」
 ラルスはハハっと笑ったが、ヴィルヘルミナの頭を撫でることはやめなかった。
「もう、ラルスお義兄様ったら」
 ほんの少し呆れたように微笑むヴィルヘルミナ。
「だけど、俺は何があってもお前のことを守るから。本当はお前に剣術をやらせたくなかったんだが……」
 真剣な表情のラルス。ラピスラズリの目は真っ直ぐヴィルヘルミナを見つめている。
「……ありがとうございます、ラルスお義兄様。だけど、(わたくし)もお義兄様達に守っていただくだけでなく、自分の身は自分で守れるようになりたいのです」
 ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を少し伏せた。少しの嬉しさと少しの複雑な感情。ヴィルヘルミナはこの気持ちが何なのか、まだ分からないのであった。
 マレインはそんなヴィルヘルミナとラルスを複雑そうに見ていた。
「……僕も兄上に負けてはいられない」
 ポツリと呟いた言葉は風と共に消えていった。





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 その日の夜。
 ヴィルヘルミナ達三人が夕食を終えた頃、王都に行っていたテイメンとペトロネラが戻って来た。二人共暗澹(あんたん)とした表情である。
「お帰りなさいませ、お義父(とう)様、お義母(かあ)様。……また何かあったのでございますね」
 ヴィルヘルミナは二人の表情から、何かあったことを瞬時に察した。
「ただいま、ヴィルヘルミナ。ラルスもマレインも。……ああ、その通りだ」
 テイメンは苦笑する。クリソベリルの目は悲しみと怒りが入り混じっていた。
「ミーナ、お前は部屋に戻っていろ」
 ラルスはヴィルヘルミナにそう促す。
「ですがラルスお義兄様」
「きっとお前は知らなくていい、知るべきではないことだ」
「兄上、ミーナにも知る権利がありますよ」
 良くない話だと察知したラルスは頑なにヴィルヘルミナに聞かせまいとする。そんなラルスをマレインが宥める。
「ラルス、マレインの言う通りだ。ヴィルヘルミナにもドレンダレン王国の現状は知っておいてもらいたい」
 テイメンがそう言ったことにより、ラルスは渋々「分かりました」と頷いた。
「またベンティンク悪徳王家による公開処刑が行われたのよ」
 ペトロネラの声は淡々と乾いていた。しかし、ラピスラズリの目からは憤りや怒りが見える。
「またですか……。最近反乱分子の投獄や公開処刑が増えていますよね……」
 ラルスの声は低く、拳を強く握りしめていた。ラピスラズリの目からは強い怒りが感じられる。
「今回処刑されたのは、どういった方なのですか?」
 マレインは冷静な声だった。しかし、やはりクリソベリルの目には静かな怒りが見える。
「減税を求めて活動していた中産階級(ブルジョアジー)の青年だ。彼は悪徳王家の重税に反対してデモを起こしたのだが」
「容赦なく投獄されてしまったわ。拷問も凄まじかったみたいよ」
「彼を救い出そうとした者達も、貴族や平民問わず投獄されている。数年前の飢饉が落ち着いたとはいえ、まだ餓死者は出ている。にも関わらず悪徳王家は容赦なく増税してくる。増税に反対する者は投獄の末処刑。だからもう黙り込む者が多くなっているんだ」
 テイメンは長大息(ちょうたいそく)をつく。
「きっと(わたくし)達も、黙り込む者達に含まれているわね……」
 ペトロネラは悲しげに微笑み、ヴィルヘルミナを抱き締めた。
(ドレンダレン王国は(わたくし)が物心付いた頃から酷い状況にある……。この状況を良い方向に変えようとした者は、容赦なく処刑されてしまう。更に、連座で家族も処刑された例も聞いたことがあるわ)
 ヴィルヘルミナは俯いた。ペトロネラの腕が震えているのが分かる。
(お義父様とお義母様も、この状況を変えたいと思っているはず。だけど、動けないのは処刑を恐れているからではなく……多分(わたくし)のせいかもしれないわ。表立って動いてエフモント公爵家が悪徳王家に目を付けられて……(わたくし)がナッサウ王家の生き残りであることがバレてしまう……。お義父様とお義母様はきっとそれを恐れているのよね……)
 ヴィルヘルミナは深呼吸をする。
(恐らく口にしたら絶対お義父様とお義母様とお義兄様達に反対される。だけど……(わたくし)が……ベンティンク悪徳王家を何とかしないと……! (わたくし)を守ってくださっているお義父様とお義母様とお義兄様達が安心して生きていける国にしたいわ!)
 ヴィルヘルミナは密かに決意するのであった。
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