地味で無能な次女なので、私のことは忘れてください
「君はなにを考えているんだ」
 二十二時を過ぎて王宮に戻ったレナエルは、帰って速攻、リュシアンから説教を受けている。
「護衛もつけずひとりで村へ行くなんて危機管理能力がなさすぎる。一か月前の事件を忘れたのか?」
「……仰る通りです」
 腕を組み、仁王立ちになって怒りを露にするリュシアンに、レナエルは返す言葉もない。
(実家にいる時も領地の偵察に行ってたけど、いつもひとりだった。その癖が出ちゃったわ……)
 それにしても、こんなに怒られるとは思わなかったが。
「起きてレナエルがもう村へ発ったと聞かされた時は驚いた。ひとりで行ったと聞いた時はさらに驚いた。すぐに追いかけようとしたが、男三人がかりで止められたよ」
 誰か知らないが止めてくれてありがとうとレナエルは思う。しかし、無駄な心配をかけてしまったことに代わりはない。
「ごめんなさい。軽率でした。リュシアン様に負担をかけないようと思ったのに、よけいな心配を……」
「……無事だったからよかったが、次からは必ず護衛をつけてくれ。俺からも話をつけておく」
「はい。申し訳ございませんでした」
 深く頭を下げると、リュシアンも「もういいから顔を上げて」と許してくれた。レナエルはおずおずと顔を上げる。その表情にはまだ申し訳なさが残っており、眉は八の字に下がっていた。
「それで、どうだった? ベルクは」
 リュシアンもレナエルが反省しているのはじゅうぶん伝わったようで、今度は柔らかな口調で今日のことを尋ねる。
 すると、レナエルの目の色が変わった。下がっていた眉も一瞬で元気に吊り上がる。
「とてもいい場所です! 問題点も対策案も既に浮かんでいます!」
「そ……そうか」
 しゅんとしていたのに急に元気になったレナエルに、今度はリュシアンが圧倒されてしまう。
「次は俺も同行したいな」
「あ、それなんですが……」
「? なにか問題が?」
「いえ、問題というか……とにかく、一度資料にしてまとめるので、少しお時間いただけますか?」
 レナエルは領地立て直し計画において、とあるイベントの実行を考えていた。もしこれが決行されるなら、リュシアンの同行はできるだけ避けたいとも。
「わかった。君にばかり任せてすまないな」
「好きでやっていることですから。では、今日はもう遅いので失礼します」
「ああ。君も今日は早かっただろう。ゆっくり休んでくれ」
 互いを労わりあい、レナエルは執務室を後にする。自室に戻るとすぐ資料をまとめようとしたが、まとめている途中でペンを握ったまま寝てしまった。
(……いけない。朝だわ!)
 小鳥のさえずりを聞き、レナエルは目を覚ます。
(徹夜する気満々だったのに……でも、きちんと寝たおかげか頭がすっきりしてる。今から作業したほうが、質のいい資料が出来上がりそう)
 時間は戻らないため、前向きに捉えることにした。そしてレナエルは、こういう思考になった自分に自分で感心する。実家にいた時は〝前向き〟とか〝ポジティブ〟なんてありえなかった。常にネガティブな感情ばかり動いていた。
(そういえばここへ来てから、毎朝神様に願うこともなくなった)
 なにも起こりませんように。平穏に過ごせますようにと願うのは、レナエルの習慣だった。神頼みも虚しく、毎日のように姉妹に振り回されていたのも懐かしい。
(これからはこう願おうかしら。〝今日も一日、楽しく過ごせますように〟)
 両手を合わせ願いを唱えると、レナエルは身支度を整えて朝食を食べる。そしてそのままいつものように仕事にとりかかった。
 領地立て直しの仕事を頼まれてから、レナエルはそちらに専念することになっている。一か月である程度の立て直しをするのはなかなか難しい。だが……。
(環境やインフラに問題がないのが大きいわ。ここが打撃を食らうと人手も資金もいるけれど……この計画なら、今あるものを強みに住人たちと手を合わせればなんとかなりそう)
 午前中に資料をまとめ、レナエルは早速リュシアンに提出する。
「なるほど。ベルクでお祭りを開く、か」
 さらっとではあるが、一通り目を通してリュシアンは呟いた。
「はい。ベルクには美しい野生の花畑に、国内では珍しいアクアリウスの花がたくさん咲いています。その花から作られる工芸品を実際目にしていただき、購入に繋がれば大きな経済効果も生まれます」
 ほかにも花畑のハーブから作られる紅茶も興味が引けるとレナエルは踏んだ。アクアリウスの香水も、これから試作を重ねていく予定だ。
「ベルクは国境近くにあることから、ルクレール王国に訪れる際、最初の観光地にしてもいいと思うんです。そのためにはまず国内でベルクの存在を広めなければなりません」
 レナエルはまず国内でベルクを小さな観光地にし、そこから経済効果を生み出すことにした。地域の魅力が高まることで、今後の移住者も期待できる。人口の問題はすぐに解決できないため、今後を見越してのことにはなるが、今考えられる中で最善の案だと思った。
「しかし、これまでなんの魅力も発信していない辺境の村で祭りを開いたところで、人が集まるだろうか……」
「そこです。このお祭りは、ベルクを話題にするために開くもの。つまり前座に過ぎません。だから人が集まらなくたっていいんです。その代わり……リュシアン様が来ていただければ」
「俺が?」
「はい。ベルクのお祭りに王家を招待します。そしてリュシアン様が実際に足を運んだとなれば話題になります。そこでリュシアン様が実際にベルクの魅力に触れて、この場所が観光地として相応しいか最終的な判断をいただきたいのです」
 その際、リュシアンに新鮮な反応をしてほしいため、祭りまで村への同行はいらないとレナエルは言った。
「もし観光地が難しくても、祭りを成功させれば一時的な効果は生まれると思います。その後の対策はもちろん大切ですが……。とにかく私はベルクの魅力を世に伝えることが、いちばん立て直しに繋がると考えました」
 村長の話によると前の領主は、数年間ベルクに足を運ばなかったらしい。そのため、アクアリウスの花にも、坂を上った先にある花畑にも気づかなかった。これらはビジネスとして非常に使えるというのに。そして住人たちもまた、アクアリウスの花が珍しいということを知らなかったのだ。
「おもしろい計画だと思う。失敗のリスクも少ない。ただ――」
 なにか引っかかることがあるようで、リュシアンは眉をひそめた。レナエルにも緊張が走る。
「俺が全然、立て直しに協力できていない気がする」
 そんなことかと、レナエルはほっと胸を撫でおろした。
「なにを仰るんですか。この計画は、リュシアン様がいるからこそ実行できるんです。リュシアン様の言うように、ただお祭りを開いても誰も来ません。でも、リュシアン様がお客様として直々に来てくれる。これが重要なんです! 立派な協力じゃないですか!」
 普通なら頼んでも断られておかしくない。リュシアンと一緒に立て直す、という前提があるからこそ、レナエルはこの計画を考えることができたのだと力説する。
「しかし、それまでの準備は全部レナエルと住人がやるのだろう? 最後の美味しいところだけ持っていくような感じがして……」
「そこは私の我儘というか……ほら、リュシアン様ってお優しいでしょう? だから一緒に準備をすると、当然情が入る。そうなるときちんとした評価ができなくなると思ったんです」
 実際にベルクが今後、花畑とアクアリウスの花で観光地化できるのか。それほどの魅力を持った場所なのか。
 レナエルよりずっと、いろんな場所を訪れたことがあるリュシアンの評価は、ものすごく重要だ。そこに私情が入ってしまうのは、可能性であっても捨てておきたい。
「もちろん、お祭りが終わったらリュシアン様に改めて意見をお伺いします。最終的にはそこで出し合った意見をまとめて、今後どうすればもっとよくなるかの資料をまとめます」
「……君は常に一歩二歩、先を見据えているんだな。感心する。だが、いくら前座といっても最初の祭りである程度の経済効果を生むのは必要だろう。それが母上のいう〝成果を出す〟に繋がるんじゃないのか?」
 そのために、ある程度人を呼ぶ必要があるとリュシアンは言った。しかし、一気に来すぎても商品が足りなくなったり、花畑がゆっくり見られないというリスクが伴う。
「もちろん、規模を考えるとあまり大勢を呼び込むのもよくないだろうから、そのへんは調整しないとな。……レナエル、当日の招待客に関しては、俺に任せてくれないか?」
「えっ? いいんですか?」
 レナエルはリュシアンの訪問さえ叶えばいいと思っていたが、言われてみれば祭りで儲けを出せるならその方が断然いい。それに、リュシアンが用意してくれる招待客なら富裕層の人々も当然いるだろう。そういった人たちにどれだけベルクが通用するか試せるいい機会だ。
「それくらいはさせてくれ」
「ありがとうございます。こんな忙しい時に……」
「いいや。この計画を聞いたらやる気が出てきた。祭りなんて幼少期以来だ。楽しみにしてる」
 そう言って、リュシアンはレナエルの頭をぽんっと撫でる。レナエルは恥ずかしさを感じつつも、期待に応えられるよう精一杯頑張ろうと決めた。

* * *

 レナエルはベルクに向かった。もちろん、今回は護衛もつけて。
到着すると早速、祭りを開催することと、花畑とアクアリウスの花で観光客を呼びこもうという計画を住人達に話した。祭りにはリュシアンが訪問すると聞き、この日いちばんの完成が沸き起こる。
「祭りか。いいアイディアだ。子供たちも一緒に楽しめそうだしな」
「ええ。村長さん、言っていたでしょう? 人々がここに来るきっかけがあればって。このお祭りがきっかけになると思ったんです」
 村長と段取りについて話し合っている最中、レナエルは笑顔で言う。
「たった一回の訪問でこんな計画を立てられるなんて……君はすごい経営者だ」
「そんな……でも、お褒めいただきありがとうございます。絶対成功させましょうね!」
 レナエルの言葉に、村長は力強く頷いた。
 それからは、毎日のようにベルクへ通った。祭りが開かれるまでの三週間、住民たちと一丸となって必死にできることをやった。
 時には作業が夜までかかり、その場合はアニの家に泊まることになった。アニはレナエルを本当の姉のように慕ってくれて、両親も快くレナエルを迎え入れてくれた。
 三週間、レナエルが主にやったのは次のこと。
村で化粧品を売っている女性と、アクアリウスの香水を開発。奇跡的に彼女は香水作りの経験があり、すぐに話はまとまった。今回は時間がないため、イチから作ることは難しい。
 そのため、既存の香水にアクアリウスの花の香りを混ぜることで代用した。あらゆる香水で試作し、どれがいちばん花の香りを引き立たせるか苦労したが……。
「レナエルさん! これよ! グリーン系の香水がベストだわ!」
結果的に、ハーブや緑の葉を使ったグリーン系の香水でうまくいった。
 続いて、お花畑への道を整えること。
 現状は道の両側にある木々たちの葉が、道を見えないくらい塞いでいる。かき分けて歩くのも冒険心をくすぐられるが、貴族は嫌がる者が多いだろう。
 男性の住人を中心に、枝切りバサミを使って葉の処理を行っていく。同時に道にある雑草も取り除いた。
「土魔法とか風魔法が使えたら、こんなに時間かからないんだろうなぁ」
 作業中、誰かが呟きレナエルはドキッとする。
「お姉ちゃんは王都にいるんだよね? じゃあ、魔法が使えるの!?」
 ずっと出さないようにしていた魔法について、アニに聞かれてしまった。周囲からも期待の眼差しがこもる。
「ごめんね。私は使えないの」
「……そっかぁ」
「でも、リュシアン様は使えるわ。お祭りの日に見せてもらえるかも」
「本当!?」
 わーいと両手を挙げて兄は喜ぶ。
(私が魔法を使えたら……作業ももっとスムーズにできたし、アニも喜ばせられたのにな)
 レナエルは自責の念に駆られるも、目の前にいるアニは満面の笑みだ。
(……魔法、克服してないわよね?)
 アニの様子を眺めながら、レナエルはこっそり茂みで魔法を発動してみる。すると、ぽんっと花が咲いた。
(花魔法!? 土魔法の派生属性のはず……やっぱり意味がわからないわ)
 レナエルは頭の中で、水魔法をイメージして放ったというのに。
(昔と同じ。私の意思とは違う魔法がランダムで出る)
 今回は花だからよかったが、これが大きな炎とか雷だったら、みんなを怖がらせただろう。意思でコントロールが効かない魔法など、怖くて使えたものではない。
(……今後も魔法は封印しておこう)
 レナエルはひとりで強く頷き、アニたちのところへ戻った。
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