地味で無能な次女なので、私のことは忘れてください
 ――三週間後。
 ついに祭り当日を迎えた。レナエルは先に住人たちと合流し、ギリギリまで準備をしていた。
「馬車が来たぞ!」
 誰かが声を上げると、一斉にみんなが村口に集まる。
 そして馬車から最初に降りてきたのは――。
(リュシアン様だ!)
 きちんと王家の威厳と高貴さを現す正装姿で、リュシアンは住人の前に姿を現した。
「リュシアン・ルクレールだ。素敵な祭りに招待いただきありがとう。今日の日を楽しみにしていたよ」
 王子スマイル前回で出迎えてくれた住人に微笑みかけると、黄色い悲鳴が上がった。リュシアンはレナエルに気付くと、目を細めてまたにこりと笑う。
「あっ! 王子様、お姉ちゃんのほう見てた!」
「アニ、しーっ! ……私はリュシアン様に仕えてるんだから、当然でしょう。ただの挨拶よ」
 目線で挨拶を交わしただけなのに、アニはリュシアンがレナエルを特別扱いしたと思ったらしい。ひとりでひゅーひゅーと囃し立てるアニを見て、レナエルは苦笑する。
「僕にも挨拶をさせておくれよ。リュシアン王子」
(……ん? この声)
 聞き覚えのある声がして目線を向けると、そこには危険人物、ロジェが立っていた。前回と同じく騎士の制服を纏い、リュシアンの肩に馴れ馴れしく手を置いている。
(どうしてロジェさんがいるの!?)
 まさかリュシアンが呼んだ客人というのはロジェなのか。
 それは半分正解で、半分はずれだった。
「ベルクの紳士、淑女のみなさん。騎士団員のロジェと申します。今回はリュシアン王子の護衛を務めるため同行させていただきました。とはいっても、僕も祭りを楽しむ気持ちはありますので、是非ベルクについて手取り足取り教えてください」
 ロジェは女性が固まっているほうに目線を向けて、ぱちりとウインクを飛ばす。すると同じように黄色い声援が上がった。
「……王子はいいけど、あいつはなんだかいけすかないな」
「俺たちのほうは一回も見ないぞ」
 だが、リュシアンと違ってロジェの男性からの評価は低かった。
「ここからまだまだ招待客が来ると思う。たいへんなこともあると思うが、みんなで祭りを楽しもう」
 リュシアンの言葉を皮切りに、ついに祭りがスタートした。
「すごいな。本当にこんな村に王子がきたぞ」
「騎士の人もかっこいい!」
 みんな持ち場に戻る足が弾んでいる。リュシアンが来るのは決定事項だったのはともかく、なんにせよ喜んでくれてよかった。
「レナエル」
 早速リュシアンが駆けつけてきた。レナエルは今日、リュシアンの案内役を務めることとなっている。
「ついにこの日がきたな。準備、本当にお疲れ様」
「ありがとうございます! たくさんベルクの魅力に触れてもらいますからね」
「ああ。王宮関係者数名と、昔から馴染みのある友人を何人か誘っておいた。みんな俺が信頼しているやつらだから安心してほしい」
 村口を見ると、ぞろぞろとリュシアンが選んだ招待客が馬車を停めている。ちょうどいい人数だ。見たところみんな人当りがよさそうで、さすがリュシアンが選んだだけあると思った。
「でも、今後厄介な客も来ると思うから、そういうやつへの対応練習も必要だろ? その枠でこいつを呼んでおいた」
 そう言って、リュシアンはロジェを指さす。
「それは僕がベルクの女の子たちの心を盗んで離さなくなる厄介者って意味かな? それより……また会えたね。レナちゃん」
 ロジェは熱い眼差しでレナを見つめると、そのまま両手をぎゅっと握った。
「え、えーっと、お久しぶりです」
「君がリュシアンの専属秘書だったなんて驚いたよ! ねぇ、よければ僕の専属にならない? 僕の隣でただ微笑んでくれていたらいい。簡単な仕事さ」
「やりがいがなさそうなので、お断りします」
 甘い声で勧誘されるもレナエルはバッサリと斬り捨てる。その言葉に、耐えきれずリュシアンが吹き出した。
「くっ……あはは! 初めて見るな。お前が女性にふられるところ」
「レナちゃんは恋をするのに、ゆっくり時間をかけるタイプなんだねぇ」
 リュシアンは本格的に笑いだし、ロジェはひとりで勝手なことを言っている。
「レナエル、こいつとはどこで会ったんだ?」
「この前安全保障部に会議スケジュールを持っていった時です」
「ああ。運が悪かったな。まさかこんな女たらしに捕まるなんて。まぁ、レナエルは全然見向きもしてないようだが」
「やっぱり! ロジェさんって女たらしですよね!?」
 リュシアンも言っているのだから間違いない。自分の危険センサーは間違っていなかったとレナエルは喜んだ。そんな姿を見て、ロジェは不満そうだ。
「言い方がよくないな。僕はただ女の子が好きなだけだよ。女の子が僕に恋に落ちる瞬間を見るのがなによりも快感なんだ」
(わあ……男版シャルロットみたい……)
 内心、レナエルはドン引きである。
「レナエル。ベルクの女性たちにも教えてあげてくれ。こいつは三度の飯より女性が好きな生粋のチャラ男だって」
「教えなくても見たらわかります」
「……ねぇレナちゃん、少しもフォローはなし? 僕のこと嫌い?」
「冗談ですよ。あはは」
 感情のこもっていない笑いを見せると、ロジェは本気で泣きそうな顔をした。 
「まぁ、それでもロジェのこと信頼はしてるんだ。騎士団の若手の中ではトップの実力者で、仕事はきちんとこなす。敵を作りやすい性格はしているが……実力は誰よりも認めてる。だから護衛に選んだ」
「……ありがたい言葉だね。僕もリュシアン王子の護衛と聞いて、喜んで引き受けたよ。僕が仕事で喜ぶなんてそうそうないってのに」
 目線は合わさないが、ふたり独特の空気感に優しさを感じる。
(なんだかんだ、互いに信頼し合っているんだなぁ。……そうなると、ロジェさんも悪い人じゃないのかも)
 本当に厄介者として呼んだなら、自分の護衛なんていう重大任務を課さないだろう。
「ではそろそろ案内を開始しますね。みんなおもてなししたくてうずうずしてると思いますから」
「よろしく頼む。……もちろん評価も忘れずに、な」
 仕事も兼ねていることを忘れていないと示すように、リュシアンは小声でレナエルに耳打ちする。こうして、三人で祭りを周ることとなった。
 最初は花畑から。時間があったので、余った木材や茎と花を使って、入り口に門まで建ててみた。この細道は気づきづらいところにあったため、こうしてわかりやすくしたのだ。
 野生の花畑は、訪れた誰もがため息をもらすほど。
「季節で花が変わるとなると、何度も訪れたくなるな」
 リュシアンもそう言っていた。
 ゆっくり花を眺められるようなスペースを作ったり、ハーブで作った紅茶の試飲コーナーも用意した。これらは村で買えるので商売にも繋がる。
 アクアリウスの花の香水は、読み通り女性に大人気で、あっという間に売り切れてしまった。ロジェは「そんなに魅力的な香水なら僕も欲しかった」と嘆いていた。
「次はアクアリウスの花を見に行きましょう! これはお花畑でなく、べつの場所で咲いているんです」
「へえ。適した土壌がそこだったのかな」
 リュシアンとそんな会話をしていると、アニとアニの友達の男の子、ハリーとすれ違う。ふたりは祭りが相当楽しいのか、きゃっきゃとはしゃぎながら道を走っていた。
「アニ、ハリー。きちんと前を見ないと危ないわよ」
「お姉ちゃん! ごめんなさい。今日がとっても楽しくって!」
「王子様、騎士様! 魔法が使えるって本当!?」
 ふたりは立ち止まり、ハリーがリュシアンとロジェに話しかけた。
「使えるなら、後で見せてくれる? オレ、魔法って見たことないんだ!」
「私もっ! 私も見たい!」
 アニとハリーだけでなく、ベルクの住人はほとんどが魔法を見たことがない。
「いいよ。僕の火属性魔法でよければいつでも」
(ロジェさんの属性は〝火〟なんだ。そこはシャルロットじゃなくてノエラお姉様と同じなのね……)
 ロジェは子供には男女平等なのか、同じように優しく頭を撫でながら言った。
「俺も後で見せてあげよう。言っておくが、俺の魔法はすごいぞ。今後ほかの魔法が見られなくなるかもしれない」
 リュシアンはふたりと目線を合わせるように屈むと、冗談っぽく笑ってそう言った。
「やったぁ!」
 アニとハリーは声を揃えて喜んでいる。
「あ、いけね。早く行くぞアニ」
「そうだった!」
 なにかを思い出し、ふたりは少し外れた道へ進もうとする。
「そっちには物置小屋しかないわよ!」
 物置小屋には、住人全員で共用している道具が置いてある。
「物置小屋に用事があるの! ママが紅茶を詰める箱を持ってきてって」
「オレはアニの手伝い!」
「そうだったのね。気を付けて運ぶのよ」
 ふたりは声を揃えて「はーい」と返事をすると、笑い声を響かせながら去って行く。
「もうすっかり馴染んでるな」
 リュシアンがくつくつを笑いながら言う。
「はい。子供たちもみんないい子で……リュシアン様?」
 さっきまで笑っていたリュシアンが、どこか物憂げな表情を浮かべていることに気付いた。しかし、すぐにまた笑顔に戻り、レナエルに案内を促す。
(……気のせい、じゃないわよね)
 レナエルは、ほかの人たちより他人の顔色に敏感だ。ちょっとの変化も、近くにいる人や気になる人ならば見逃さない。
(なにか祭りで気になるところがあったのかしら)
 だとすれば、後々評価を言ってくれる際わかるだろう。そう思い、あまり気にしないことにした。
 花が咲いている場所へ到着すると、三人で並んでその場にしゃがみ込む。
「へえ。これがアクアリウスの花か。青い花はいくつかあるが、天然でこの色は俺も初めて見る。少なくとも王都には出回っていない」
 花びらに触れながら、リュシアンが言う。
(……ん?)
 その時、ふと空を見上げると、一瞬黒い靄のようなものが見えた。しかし、瞬きをすると消えてしまった。
(……これは気のせいよね?)
 目を擦るレナエルの横で、今度はロジェが口を開いた。
「空みたいな水色の花って貴重だよね。レア感があって、女の子にあげたら喜びそう。ただ、花言葉が気になるなぁ。ほら、女の子に花を渡す時って花言葉が重要だろう? ふたりもそう思わないかい?」
「自分で選んであげたことなんてないから知らないな」
「もらったことがないので知りません」
 ロジェの問いかけに、レナエルとリュシアンは見向きもせずに即答した。さすがのロジェもなんて返せばいいかわからなかったようだ。
「花畑に加えてアクアリウス……ベルクは自然の中でも、花に特化している。ルクレールにそういった地域はないし、これは強みになるな。特に女性の観光客を増やせるだろう」
「私もそう思います。ハーブティーに香水……そして花を嫌いっていう女性はなかなかいませんからね」
「あとは男性も楽しめるようなものを作れば、もっと経済効果を生めるかもしれないな。今後の課題はそこか……」
「いいや待ってくれリュシアン王子。男っていうのは女性が喜ぶ場所に連れて行きたいと思うものさ。この村をロマンチックなデートスポットとして世に広めるのもアリと思わない?」
「……ロジェさんの割にはいいこと言いますね」
 一理ある、とレナエルは感心する。ひとこと余計だった気もするが、ロジェはレナエルに褒められたことを素直に喜んでいた。こういうところが憎めないのかもしれない。
「あと、最後に見せたいものがあるんです! でもそれは夜にならないと――」
「うわあああああっ!」
 話している途中に、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。それらは感染するように、次から次へと止まなくなっていく。
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