地味で無能な次女なので、私のことは忘れてください
 騒動が起きつつも、なんとかメインタイムを終えることができた。あとは後夜祭を残すのみだが、次の日も仕事がある者は、夕方過ぎに馬車で王都へ帰っていった。リュシアンとロジェは、今日は宿に泊まることになっている。
 なぜ魔物が出現したかは、あの後レナエルがこっそりリュシアン含む一部の責任者たちに説明した。村長ですらそんな情報は知らなかったらしい。となると、ものすごい前に封印されたものだったのだろう。
 事故とはいえ勝手に封印を解いたとなると、いくら子供でも反感をかってしまう。アニとハリーを守るため、この事実は伏せられることになった。住人たちには完全に塞ぎ切れていない魔境があったが、もう処理したため問題はないと説明し、納得してもらった。
(はあ。被害者もなく無事に一日を終えられそうでよかった……)
 いろんなことがひと段落つき、レナエルにはどっと疲れが襲い掛かる。でもそれより、安心感のほうが大きくもあった。
 後夜祭は村の広場で行われ、いろんな食事やお酒を振る舞ってくれる。この時間はレナエルの仕事はない。やっと訪れた束の間の自由時間だ。
(……あれ。リュシアン様、ひとりでなにしてるんだろう)
 少し前まで住人たちと楽しそうに会話をしていたリュシアンが、今度は少し離れた場所でひとりになっている。その表情は、どこか寂しそうだ。
(あ、またあの顔……)
 祭りの最中、不意に見せた物憂げな表情と同じだ。レナエルは、どうにもそんなリュシアンが気になって仕方がない。
 その時、レナエルはあることを思いついた。
(さっき、泣いているアニを見ながら魔法を使ったら水が出たのよね……)
 偶然とは思いつつ、どこか引っかかる。以前はしゃいでいるアニを見た時は花魔法が発動した。ずいぶん昔に炎魔法が出た時は、欲しかったものが売り切れで一日中怒っているノエラを見た時だ。
(今使ったら、なにが出るのかしら)
 物憂げなリュシアンの顔色を窺った直後に、魔法を発動したのなら――。
 レナエルはひとけのない場所へ移動すると、こっそりと魔力を放ってみる。するとレナエルの手のひらから小粒の雨が降り出した。
(また水魔法……! まさか、私の魔法って誰かの意思が反映されていたりする……?)
 だが、そんな話聞いたことがない。しかもレナエルは属性もバラバラなのだ。半信半疑でありつつも、しとしとと降る雨を見てレナエルは思う。
(……リュシアン様、なにか悲しいことがあったのかも)
 まるで、泣いているみたいな雨だ。リュシアンの意思とこの魔法に関連性がある確証などどこにもない。それでももしかしたらと考えると、レナエルはリュシアンを放っておけなかった。
 それに元々レナエルは人の顔色を窺う癖がある。ちょっとした表情の変化にも敏感なのだ。魔法と関連性がなくたって、リュシアンにあんな顔をさせる原因がなにかあるということは確信できる。

 広場に戻ると、リュシアンはひとりで木の幹にもたれかかったまま、腕を組みぼーっと人々を眺めていた。
「お疲れ様です」
「……レナエル! 君のほうこそお疲れ様」
 声をかけると、リュシアンは笑顔で返事をした。表情の切り替えがあまりにも上手な人だとレナエルは思う。
そのまま他愛もない会話をしていると、ふと話が途切れる瞬間がやってきた。そのタイミングで、レナエルはリュシアンに一か八か聞いてみる。
「あの、リュシアン様。なにか悲しいことがあったりしましたか……?」
「えっ?」
 不意をつかれたような返事をした後、リュシアンはしばらく黙り込んだ。ふたりの間に気まずい沈黙が流れる。
「……なんでわかったんだ?」
 先に沈黙を破ったのはリュシアンだった。
(やっぱりそうだったんだ)
 意外にも素直に認めたリュシアンに驚きを感じつつ、自分の読みは当たっていたのだと気づかされる。
「リュシアン様を見ていたら、細やかな表情の変化で気づきます。あと水魔法が出たのも……」
「水魔法? レナエル、君は魔法が使えないと言っていたはずだが?」
「……あっ。いやっ、その……」
 つい口をついてしまった。しどろもどろになるレナエルを見て、リュシアンはふっと小さく笑う。
「そんなに慌てなくていい。なんとなく察していた」
「えぇ!? いつからですか?」
「ついさっきだ。あのホーンウルフ、君が魔法で倒したんだろう? シャベルで殴打された魔物があんなに水浸しなはずがない。ロジェも気づいていたが、敢えて君の気持ちを汲んで言わなかったんだろう。アニとハリーも、魔法を見たと嬉しそうに笑っていたしな」
「……全部お見通しですね」
「魔法使いなのを隠していた理由も、落ち着いたら聞かせてもらおう。後夜祭なんて場面で聞くのは野暮だ。……水魔法と俺の心境がどうリンクしているかはよくわからないが」
 正直、レナエルも謎だ。これは自分勝手な考察なのだから。
「大体、お見通しなのは君のほうだ」
「……なにがあったか聞いてもいいですか?」
「うーん。情けない話だが、嫌いにならないでくれるか?」
「もちろんです」
 即答すると、リュシアンが優しく微笑む。生ぬるい夜風がふたりの間を吹き抜けて、それぞれの髪の毛を揺らした。
「ここに来て、俺はなにも知らなかったんだと思い知らされた。魔法が身近にあることは俺にとって当たり前で、あんなに目を輝かせて魔法が見たいっていう人たちがいることを知らなかった。……いや、知ろうともしなかったのかもな。所詮、どこかで住む世界が違うと思っていたんだ」
 淡々と話すリュシアンの言葉は予想より冷たいものだったが、笑顔の裏に隠した彼の本心だと悟る。
「俺はまだまだ、自分の国のことをなにも知らないと思い知った。こんなに素敵な国民たちが、経営難に晒されながらも俺より笑顔で逞しく生きていることもね。少し自分に失望して、悲しくなったんだ」
「……そういうふうに思えるリュシアン様の心は、素晴らしいと私は思いますよ」
 嘲笑するリュシアンに、レナエルは思っていることを素直に伝えると、リュシアンは「君は優しいな」と呟いた。
(慰めとかじゃなくて、本心なんだけどな)
 そんなレナエルの想いが伝わっているかは定かでないまま、リュシアンは続ける。
「今日は本当に来てよかったと思う。ベルクは素敵な村だ。きっともっとよくなる。……でも」
「でも?」
 やはりなにか、祭りの中でベルクの立て直しに関して不安な箇所があったのだろうか。
「この領地立て直しの仕事に、俺も貢献したことになるのは納得いかない。母上にはきちんと、君ひとりでやったと報告する」
「な、なに言ってるんですか! これは王妃様から私とリュシアン様に課せられた任務です! それに、私はあくまで秘書なんですよ!」
「でも今回のことは、ほぼ君ひとりでやってのけた」
 それは自分が勝手にやったことだと主張するが、リュシアンは聞く耳を持たない。
「俺は頼まれた通りに祭りに参加して、客を集め、最後にちょっと改善策を考えるだけ。実際に計画を立てたのも、実行に移したのもレナエルじゃないか。君のことだから、報告書では全部ふたりでやったことにするつもりだろう?」
「……」
「図星だな。残念。俺を見くびるな。報告書の偽造は許さないからな」
 ふんっと鼻で笑うリュシアンに、レナエルはなにも言い返せない。
 これまでの生活で散々ノエラとシャルロットに自分の手柄を横取りにされてきたレナエルは、ひとりでやったことでも誰かとしたことにするのが当たり前になっていた。
 ましてや今回はリュシアンとの仕事だ。リュシアンより自分が評価されようなんて、最初から思ってもいなかったのに。
(まさかリュシアン様のほうがそれを許してくれないなんてね)
 変わった王子様だと、レナエルはおもわず笑ってしまう。
「……あ、そうだリュシアン様。私、ベルクでもうひとつ見せたいものがあったんです」
 そう言って、レナエルはリュシアンに上を見るように伝える。そこには無数の星が夜空を照らしていた。
王都と違い街灯や建物に邪魔されることのない夜空では、星だけが鮮明に光っている。
「……すごく綺麗だ。君と見られてよかった」
「ふふ。私も初めてこの星空を見た時、リュシアン様と見たいって思ったんです」
「へぇ。どうしてだ?」
 リュシアンはレナエルを見て、からかうようににやりと笑う。
(どうしてって……あれ、どうしてだろう)
 今の今まで、考えたことがなかった。
「わかりませんが、頭の中に浮かんだんです。リュシアン様と見られたら幸せだろうなーって。なんででしょう?」
 素直に答えると、リュシアンの顔が心なしか赤くなっていく。
「……レナエルってさ、無意識にそういうと言うからたちが悪い」
「えっ!? ごめんなさい!」
「いや、謝らなくていい。違うんだ。……嬉しいよ、とても。俺といない時に俺のことを考えてくれるのは」
 片手で顔を覆いながら、リュシアンは少し火照った顔を隠して呟く。
(私、リュシアン様の秘書だもの。リュシアン様のことを考えるのは当たり前――よね?)
 これがビジネスパートナーとしての感情なのか、それとも……べつのなにかなのか。まだわからないけれど、今はそれでいい。この空気が心地よい。
そのまま都会では見られない煌めきの下で、ふたりは穏やかに笑い合った。

* * *


 ベルクで開かれた祭りは、予想通りその後大戸で注目を浴びた。やはり、リュシアンの訪問効果が絶大だったようだ。
 祭り参加者が持ち帰ったアクアリウスの香水や花を用いて作られたグッズ、そして自然の光をたっぷり浴びたハーブティーを自らも欲しがる貴族は多く増え、ベルクに大きな経済効果をもたらした。訪問者が増えることで、今後の人口増加も期待できるだろう。
 そして王妃もレナエルの計画を立てる速さや実行力を褒め称え、これは〝秘書としての大きな成果〟だと認めてくれた。『リュシアンが完全に仕事を食われてる』と大笑いしていたが、仕事の多いリュシアンを気遣っての行動だとは王妃も気づいていたようで、そこも高評価に繋がったらしい。
(やったわ! ついに正規雇用!)
 ひとまず目標を達成でき、ガッツポーズするレナエルだったが――。
「レナエル、君の魔法についてきちんと確認する時がきたようだ」
 ある日、リュシアンに呼び出され開口一番にそう言われた。
 後夜祭後、魔力について聞かれると覚悟していたが、数日たってもリュシアンは聞いてこなかった。敢えて触れないでくれているのかと思って安心していたが……ついに、この時がきたようだ。
「か、確認というのは?」
「君は魔法を使えること以外にも、なにか隠していることがあるんじゃないか? 王立学園の名簿を見て直しても魔力があるのにもかかわらず普通科で入学している。それも一年足らずで退学しているようだが……。いくら魔法が下手といっても、魔力がある者は必然的に魔法科に入ることになっているが、なぜ普通科に? 下手ならなおさら学園で学ぶべきだ。まさか、俺だけでなく家族にも魔法を使えないと言っていたのか?」
(勝手に調べられてる! しかも当たってる!)
 基本レナエルに興味がなく、決して頭がいいとは言えない家族はいとも簡単に騙されたというのに。
「魔法を使えないふりをした理由を聞かせてほしい。これからもそばで仕事をしてもらうにあたって、信頼関係は大事だ」
 レナエルは観念して、自身が魔法をコントロールできないことを打ち明けた。暴走や暴発を恐れ、魔力がないふりをしていたことも。
「どの場面でどの属性の魔法が発されるかわからないんです。だから怖くて……」
「……なるほど。興味深い。今まで聞いたことのないパターンだな」
 リュシアンはレナエルの話を聞いて、真剣な顔をしてなにかを考えている。
「この前レナエルは、俺が悲しんでいると思った理由に水魔法を挙げていたな? あれはどういう理由から?」
「あの日、魔物を倒す際に直前にアニーの泣いている顔を見たんです。そうしたら、強大な水魔法が出ました。だから、泣きたいとか悲しいとか、そういった感情を持つ人を見た後に魔法を放つと水魔法が出るのかと思いまして」
「たしかに魔法っていうのはイメージ力が大事だからな。それ故に感情と魔法も深いところで関わりがある。……が、通常は自分の頭の中のイメージや感情を乗せて発動するんだが……」
 リュシアンは頭の中でいろんな可能性を考えているのか、ひとりで左右に首を捻っている。
「いや。考えるより試すのが先だ。俺にいい考えがある。君の魔法の本質を見出せるかもしれない」
 よくわからないまま、レナエルはリュシアンの実験に付き合うことになった。
 まずロジェのところへ行くと、いつもの調子でロジェはレナエルをナンパしにきた。そこでおもむろにリュシアンがロジェがセットした髪の毛を風魔法で台無しにすると、見た目に気を遣ってるロジェは大激怒。
「僕は毛先の跳ね方一本一本にもこだわりがあるんだ! 王子だからってやっていいことと悪いことが……」
「今だレナエル。ロジェを見ながら魔法を使ってみろ」
 言われた通り魔法を放つと、ボオオッと炎が舞い上がる。リュシアンは満足げに頷くと、怒るロジェを無視して「次だ!」とレナエルの手を引いて別の場所に向かった。
 今度はリュシアンも世話になっている若い執事のもとに連れてこられた。だが、執事は元気がなく、廊下の隅っこで同僚たちになにやら慰められている。
「あいつ、失恋したてらしいぞ」
 何故かプライベートな情報をリュシアンに聞かされた後、今度は執事を見ながら魔法を放つよう指示された。すると、ひゅ~っと音を立ててなんとも寂しげな風魔法が発動された。
 その後も約二時間に渡って、同じころを繰り返させられる。全部が終わった頃には、レナエルはくたくたになっていた。
(こんなに一日で魔法を使ったのは初めて……案外体力を使うのね……)
 息を切らすレナエルとは真逆に、リュシアンは最初より元気そうだ。
「君の魔法の仕組みがわかった」
「えっ!?」
「レナエルの読みは当たってたんだ。君は自分ではく別の誰かの感情を乗せて魔法が発動されている。だから自分の意思とは違うものばかりだった。ざっと見た限りでも、怒っている相手だと火と雷が、悲しんでいたら風や水、喜んでいると花が咲いたりの土、ってところかな。もちろん例外もあるが」
いろんなパターンを試させることで、リュシアンはどんな状況でどんな属性の魔法が放たれるかをしっかり分析していた。
「どうしてこうなったのかはわからないが……もしかしたら、レナエルの性格が関係しているのかもしれない。君って人の顔色や感情に敏感だろう?」
 そう言われて、レナエルはピンとくる。
(私はずっと人の顔色ばかり窺って……自分の気持ちよりそっちばかりを気にしていた。それで魔法を発動する時も、〝その時自分が顔色を窺っている相手〟の感情によって左右されていたんだわ……) 
 この仕組みに気付かずに魔法を使っていたら、暴走を起こしていた可能性はあっただろう。しかし、もっと早く気付ければレナエルは実家で少なくとも両親からは失望されずに済んだかもしれない。
「こんなのは我が国初めてのことだ。それにまさか、俺以上の属性を扱える魔法使いがいるなんて驚いた。なんだか悔しいな」
 本当に悔しいのと、レナエルへの尊敬と、その両方が交ざったような顔をしてリュシアンは眉を下げて笑う。
「俺が使えるのは風、水、土。レナエルは五属性すべてだ。派生魔法さえなんなく使えている。これはすごいことだぞ」
「で、でも、私はまだ扱い方をわかりませんし……」
「そんなの、やっと仕組みがわかったのだから今から学んでいけばいい。五属性扱える魔法使いなんて、世界中でも少ないんだ。君はルクレールの希望になるべき存在だ」
 いまいち凄さをわかっていないレナエルに、リュシアンは何度も念を押す。
(希望って、そんな大げさな存在にはなれないしなりたくない……って言ったら怒られるかしら)
 散々〝なにもできない〟と蔑まれて生きてきたレナエルにとって、リュシアンの言っていることはすぐに受け入れられるものでなかった。
「リュシアン様! 今よろしいでしょうか!?」
 そんな話をしていると、ふたりの元に使用人が駆けつける。
 なんでも、役所の外交事務員が早急にリュシアンと話したいというのだ。ふたりは一旦魔法の話をやめて、レナエルも秘書としてリュシアンに同行することになった。
 
「で、どんな急用が?」
 客間に外交事務員を通し、リュシアンはさっそく話を聞きだす。
「たいへん申し上げにくいのですが……フォルタンとの貿易路でトラブルが発生してしまいました」
「あの中立領域のことか? なにがあった?」
 隣国フォルタンは魔法に馴染みはないが、武力に長けた軍事国であり、大陸の三分の一の領域を占めている。
 そしてフォルタンとルクレールには互いが利用する中立領域が存在しており、そこは重要な貿易路として各国共に使用していた。
 貿易路の管理についてはルクレール側が中立領域が安全であるか、問題がないかの全体管理を担当し、定期的にフォルタンへ報告。
トラブルが起きた際は、フォルタン側が対処を請け負うという形でうまく役割分担ができていた――はずだった。
「ここ数か月、管理を担当していたオルコット侯爵家とロイル伯爵家がフォルタンへの報告を怠っていたようなんです。そのせいで怪しまれてしまい、フォルタン側が貿易路を封鎖してしまいまして……商人たちも激怒しており手に負えない状況で……」
「……なぜ報告を怠ったのを気づかなかったんだ」
 リュシアンが頭を抱えて、新底呆れたように言う。
「侯爵家にも伯爵家にも、長年に渡って管理を任せていましたが、一度もこんなトラブルはなかったのです。そのせいで、我々も安心しきってしまい……聞いたところによると、最近になって管理担当を両家とも後継ぎに任せるようになったようで、それが原因かと……」
「嫡男たちが仕事をまったくできなかったと?」
 気まずそうに外交事務員が説明を続ける。
「オルコット侯爵家のほうは、長男がとある令嬢に入れ込んでしまい、その令嬢にこの重要仕事を託してしまったようなんです。相手の令嬢が気が強く、自分より仕事をとるなど許せないと言われ、そんな仕事はうちで引き取ると言われまんまと……当然、ふたを開けたらなにもしていなかったってわけです」
「その長男がどうしようもないのは大前提たが……令嬢のほうもとんでもないな」
「オーバン伯爵家の長女と聞きました。ものすごく見目麗しく、男を惑わすスタイルをしているとかで、すっかりやられてしまったようです」
「……」
 聞きなれた名前が聞こえ、リュシアンは黙り込む。そんな彼の後ろで、レナエルはものすごい量の冷や汗が出てきた。
(……ノエラお姉様のことだわ)
 レナエルの心境を察しリュシアンは黙ったが、外交事務員はなにも知らないためさらに話を続ける。
「伯爵家のほうは、長年寄り添った婚約者と別れてまで付き合った令嬢にあっさり捨てられてしまい、さらに元婚約者は自分との破局が原因で犯罪を起こし、現在は牢に入ってしまった。これらのショックでふさぎ込んでしまい、適当な報告書を作っていたようです。最近話題になった、リュシアン様も関わりある子爵令嬢の殺人未遂事件のことですよ。彼女の元婚約者がロイル伯爵家の長男だったとは驚きですが」
(そっちは元はといえばシャルロットのせいじゃない……!)
両家のミスの根源に姉と妹がいると思わず、レナエルは震え上がった。とてもこのトラブルが他人事とは思えない。
「もちろん両家とも管理の仕事からは即外れてもらいました。騒ぎを起こしている商人たちもこちら側でなんとか対応していますが……三日後に、フォルタンのアロイス第二王子がルクレールに来ると仰っていまして……フォルタンでは彼が中立領域の責任者を担っているようなんです」
「……それで俺に対応を任せたいということか。三日後だと、父上も母上もスケジュール的に不在だからな」
「申し訳ございません。向こうからのご要望なのです。こんな状況で断るとどうなるか……! リュシアン様、力をお貸しください!」
 外交事務員が椅子から降り、床に頭を擦り付ける勢いでリュシアンに頼むが、リュシアンはすぐさま顔を上げて椅子に座り治すよう促した。
「そういうのは求めていない。起きてしまったことは仕方ないだろう。当然対応する。それが俺の役目なのだから」
「……あ、あの!」
 勇気を出して、レナエルは一歩踏み出して声を上げた。
「私にもなにか手伝わせてください! リュシアン様の補佐はもちろん、外交事務員さんたちの手伝いも時間が許す限りやらせてほしいです。……今回のトラブル、とても放ってはおけないので……」
「……レナエル」
 レナエルまで責任を感じてしまっていることにリュシアンは気付いたようで、立ち上がってそばに近寄ると、レナエルの頭を優しく撫でた。まるで「君は悪くない」と言い聞かせるよな優しい手つきと微笑みに、じんとぬくもりを感じる。
「助かるな。ちょうど君にしか頼めないことがある」
「え? なんですか!?」
 自分も協力できると思うと嬉しくて、レナエルはおもわず前のめりになった。
「フォルタンのアロイス第二王子。彼はなかなか癖のある男なんだ。気性が荒くいつも怒っていて、常に本心が読めない。怒っているようで泣いているのか、はたまた本気で怒っているのか……」
「はあ……たしかになかなか気難しそうですね」
「俺はそんな彼を宥め、説得し、納得させなくてはならないわけだが……そこでレナエルの魔法は絶対に役に立つ」
「私の魔法?」
 ここでまた魔法の話に戻ると思わず、レナエルは首を傾げる。
「レナエルの魔法って、うまく使えば相手の心が読めるってことと同じじゃないか。その時の感情がわかるのだから。本心が読めないアロイス第二王子にはうってつけの隠し技になる。ようは、彼の機嫌をとることが今回の鍵だからな」
 そのままリュシアンはレナエルにこう言った。
「この世に読心術なんてものはない。レナエル、君の力は国にとって大きな力になる」――と。


続きは書籍にてお楽しみください!
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