きみと溶ける、深海まで
藍が死のうとしてたことは言えるわけなかった。
翠への感情も。

翠は一度、両の手のひらで自分の顔を覆ってから、バスの天井を見上げた。

「あーっ!!!やっぱすげぇわ、藍ってさ」

その大きい声に、最後部座席のグミちゃんが「びっくりしたぁー」って声を上げた。
まだすごく眠たそうな声だった。

「それですなおは笑えんの?」

周りが起きはじめてしまったことに翠は構わなかった。

「分かんない。でも……もっと好きになってくんだと思う」

「……じゃあ泣きそうな時くらいは俺を思い出してよ。俺、イケメンだからさ。大事な兄ちゃんよりすなおの味方になってやるよ。いつでも、絶対に」

自惚れかもしれない。

だけど藍の発言からも感じていた。
翠の私への感情はきっと私が藍に向けるものと似たものなんだろう。

小さい頃に憧れた。
一振りのおまじないで世界はみるみるうちに色を変える。
カボチャの馬車、透けるような美しいドレス、華奢な脚にお似合いのキラキラ、ガラスの靴。
王子様からの熱視線。

これが夢みる全女の子に捧げられたメルヘンの物語だったなら。

きっとこれから甘くてとろけるような恋物語が始まるはず、なんだけど。

藍が抱えているものを翠に打ち明けてしまうのは(こく)過ぎる。
こうやって私に分かりやすく愛情を注いでくれる翠に、
どうして藍の傷に触れたいのかなんて、
説明しようがない。

キラキラ輝く恋のお話なんて私には待っていないかもしれない。
憧れた恋の甘さなんて知らないまま
藍と一緒に深海へと沈んでしまうのかもしれない。

誰よりも藍を慕う翠を傷つけて。

誰よりも私を理解して引っ張り上げてくれた翠の手を振り解いて……。

「ありがとう、翠。私も、翠の味方で居られるかな」

「でも一番じゃないだろ」

答えない私に翠はゆるりと口角を上げた。

傷ついてるのはきっと翠のほうなのに
私を慰めるみたいに頭に置かれた手のひら。

藍とは違う、温度。
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