きみと溶ける、深海まで
「通話に切り替えてもいい?」

翠に訊かれて、私は「おーけー」ってスタンプを送信した。

通話が繋がった翠は開口一番に言った。

「素、直ちゃんに提案です」

わざとらしく名字と名前を区切ったような翠に思わず笑ってしまった。
変だよ、って。

そしたら翠は
それがすなおの本当なのに?って言った。

「一緒に行こ。今から、花火」

夕方の五時だった。

最初から行く予定だった人達は昼間から会場の付近に集まっていて
出店もいっぱい出ているし、
お祭りの醍醐味を楽しんでいる。

花火が打ち上がるのは毎年八時前だから今から準備しても十分間に合うとは思うけれど……。

「浴衣は着れないよ?」

「別にいいよ。花火大会=浴衣至上主義じゃないからね?」

「行く予定もなかったから可愛い服すら用意してないからね?」

「やめて、辛くなる」

「なんでよ」

「俺を喜ばそうとしてるのかなって言動、一番じゃないくせにって思っちゃうだろ」

「……いじわる言うな」

「ごめん」

「急いで準備する。会場で待ち合わせでいい?」

「うん。待ってる」

通話が切れて、少しの間、翠と花火大会に行くことが正しいことかどうか考えてしまった。

たぶん、間違ってはいない。
大事な人だってことに変わりはないから。

翠の優しさに甘えてる自分が気持ち悪いだけだ。
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