きみと溶ける、深海まで
「帰りのバスの中で私が言ったこと?」

「それもだけど。テーマパークとかってさ、どこもほとんどがそうだけど″夢みたいな特別な場所だから許されます価格″ってあるだろ」

「そうだねぇ」

「頻繁に訪れるイベントじゃないからこそ″今日は特別″だって許される。入園料もお土産もランチですら。実際にさ、ホテルで食べたコースランチ。全員が気負いしてた。せっかくの素晴らしい料理なのに俺達がみんなを緊張させてさ。まともに味も分かんなかったんじゃないかなって」

翠は少し、笑った。
ほんとだよ、って言った私に「また連れてったげる。特別な時に」って囁くように言った。

「だから″日常″を創ろうって思ったの?」






″そうなんだよね。そんなに突飛な物じゃなくていい。ありきたりな物でいいんだ。世の中がいつもいつも非リアルを求めてるわけじゃないからね。当たり前の日常の中に幸せがあれば、″あー明日からまた現実だー、戻りたくなーい″なんて現実逃避もしないで済むからね″





建設予定地を前にして、藍が言った言葉が脳内で再生された。
でも翠が今話しているのは、きっと藍のアイディアじゃない…。

「すなおがさ、帰りのバスの中で明日からの現実が嫌だって言った時にさ。″本当に楽しかった″ってあんなに嬉しそうに笑うすなおを初めて見た気がしたんだ。でもこの子は明日からの現実を怖がってる。本来の自分から目を逸らせないから。分かりきった現実をもしかしたら憎んでる。夢と現実の間で苦しんでる子が目の前に居るのに、ただ楽しんで欲しいって一心で俺は夢に夢を重ねてきたんだ。その分すなおは現実との差異に怖がってたのに。だからさ、」

「うん……」

「夢の場所にいてもちゃんと、ふと現実を忘れないでいられる場所があれば。この夢も現実の一部なんだって。嘘じゃないって思える時間があれば。″また現実に戻らなきゃ″って怯えないでいいのかなって。極論、パークで遊ばなくてもいいんだ。ちょっとお昼ご飯を食べに。仕事終わりに珈琲を飲みに。そんな日常のひと時でさ、きっと視界の先には店内から覗けるパークが在って。そんなさ、ちょっと覗ける夢、くらいがちょうどいいメンタルの時だってきっとあるし」
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