きみと溶ける、深海まで
「ごめん……翠」

「嬉しくない?」

「嬉しいよ。すごく嬉しい。それこそ夢みたい。私なんかを大切に想ってくれて……ずっと隣に居てくれて。なのに私は……」

「分かってるよ。そりゃ思うよ。ムカつくよ。藍よりも先に、ずっとすなおの隣に居たのに。なんであんな一瞬で持ってくんだよって。その一瞬で、たった一日で何があったんだよって。俺が、俺で在ることから逃げないで藍に押し付けないで向き合っていれば、藍と同じだけの重圧を抱えていれば気にかけてくれたのかよって卑屈にもなった。すげぇダサいよな」

「言語化できないよ。なんでまだなんにも知れてないのに藍がいいな、藍じゃなきゃだめかもなって思っちゃうのか。感情がザワザワする。頑張れば言葉で伝えられるのかもしれない。でも簡単なことじゃない。どうしていいか分かんないくらい、藍でいっぱいになっちゃうの。こんなに大事にしてくれる翠を裏切っても……」

「裏切るって言うな」

「え……?」

「藍を好きでいる感情を、俺への裏切りだって言うなよ。知ってる。藍は苦しんでる。頑張んなくてもいいって、逃げてもいいって、おんなじ目線で隣に居てくれようとしてくれたすなおの存在が藍にとってデカかったんだろうなって理解もできる。藍が信じてみたいって覚悟した感情を俺への裏切りだって、悲しいものにするな」

翠を裏切る。
藍はそう言った。

なのに翠の中では藍はどうしたってヒーローのままで、
藍の絶望に目を向けることでその荷物を分けてもらうつもりなのかもしれない。

翠が持つ、将来に必要な物を全て投げ打って、藍に抱えさせていた物を。
藍の心臓を軽くしてあげられる唯一の方法は、翠が自分の環境から、与えられたセンスや知識から逃げないことだった。
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