きみと溶ける、深海まで
「泳いでみてよ」

「……え?ムリだって。言ったでしょ。俺は泳げない。あの日だって死ねるかなって……」

「じゃあ一緒に泳ごう。絶対に離さないから」

「そんなダサいことしたくないし、この時期の海はくらげが……」

「そんなのどうだっていいよ。刺されたらその時はその時だし」

「すなお、本当になに言って……」

「いーから!もうこの先一生泳がないつもりならさ、その一生に一度をちょーだいよ。誓ってよ、私に。命を」

「命を?」

「あの日死のうとした藍はできなくて今もここで生きてる。この先も私に預けてくれるのなら藍の命を今ここで私に誓って」

靴を脱いで、服は着たままで私は海に足をつけた。
少しずつ進んでいく私の腕を藍が掴んだ。

こくん、って小さく頷いたら藍は短く息を吐いて、私の手のひらを握り締めた。

冷たい海。
温度が高めの藍の手のひら。

足の裏に感じる小さい砂の粒。
波に揺らされるたびに足の裏でこすれてくすぐったい。

ふくらはぎ、膝、太もも、腰と少しずつ浸かっていく。
服がどんどん重たくなっていく。

爪先立ちでようやく立てるくらいの深さまで。
藍を連れて、






パッと手を離した藍の体は一瞬沈んで、
空を仰ぐように水面から顔を突き出して酸素を求めた。
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