鬼神の100番目の後宮妃〜偽りの寵姫〜
 陽然に後宮まで送り届けてもらった凛風は、自室へ戻り寝台へ入る。布団を被り目を閉じるが眠ることはできなかった。
 陽然に醜い傷痕を見られてしまった。そのことが、悲しくてつらかった。
 せめて右腕ではなく左ならよかったのに。
 右腕の傷は火傷(やけど)の痕だから、特に醜い。馬小屋に寝起きするようになってすぐの頃、空腹に耐えきれず炊事場から包子をこっそり取って食べてしまい、煮えた鍋の中身を継母にかけられた時のものだ。
 今まで凛風は、誰に傷痕を見られても平気だった。
 馬鹿にされて眉をひそめられようが、自分はもともとそういう存在だとわかっているからだ。凛風の方も相手をどうとも思っていない。
 でも今は、陽然だけには見られたくなかったと強く思う。

 自分の価値は変わらなくとも、彼だけには……!

 掛け布をギュッと握ると目の奥が熱くなり、あっという間に涙が溢れた。
 はじめての感情が洪水のように押し寄せて、どうしていいかわからなかった。
 名前を書いてもらった時の熱い思いと、ほんの少し彼に触れただけで、勝手に高鳴る胸の鼓動。
 自分ではどうにもならない感情が自分の中に存在するのが怖かった。
 今の凛風に必要なのは、浩然のことのみを思い、一切の望みを捨てること。そうでなくては過酷な運命に身を投じられなくなってしまう。
 それなのに、陽然と一緒にいる時はそれを忘れてしまいそうになる。頭の中が彼のことでいっぱいになり、その先を望みたくなってしまうのだ。
 そんなことを考えてはいけないのに!
 昼間の妃たちの話が頭に浮かぶ。
 そんなはずはないと打ち消した考えが凛風を再び(さいな)んだ。
 この感情がどこからくるものなのか。
 それがどのようなものでも知りたくないと強く思う。
 きっと知ってしまったら、今よりもつらくなる。自分の置かれている環境を恨み、どうにかなってしまうだろう。
 敷布に顔を押し付け()(えつ)を殺して泣きながら、凛風は込み上げる感情と闘っていた。
 熱い涙で頬を濡らし、わからない、知りたくないと、心の中で幾度も幾度も繰り返す。陽然に対する熱い想いに消えてほしいと懇願した。
 けれど結局、空が白みはじめるまで、どれだけ強く願っても、どうしてもそれはできなかった。
< 22 / 47 >

この作品をシェア

pagetop