鬼神の100番目の後宮妃〜偽りの寵姫〜
黄玉の間には、丞相以下、主だった家臣たちが揃って暁嵐を待っていた。皆に向かい合わせに位置する玉座。その隣に、皇太后が座っている。
皇太后の出席は必須ではないが、内容によっては同席することもある。
「面をあげよ」
暁嵐が玉座に座りそう言うと、丞相が口を開いた。
「陛下この度はお時間をいただきありがとうございます」
暁嵐が無言で頷くと、彼は恐る恐るといった様子でさらに言葉を続ける。
「本日お話したいのは、後宮のことにございます」
暁嵐はちらりと皇太后を見た。彼女がここにいると知った時から進言の内容に察しはついていた。
「後宮が開かれて、ひと月以上が経ちますが、陛下はまだお妃さまをお召しになっておられません。このことを家臣一同大変憂いております」
丞相の言葉に、皇太后が同意する。
「お世継ぎの問題は国の存続に関わることにございますから」
そして蛇のような目で暁嵐を見た。
「ですから陛下、どうか明日はいずれかのお妃さまをお召しになられてくださいませ。順番通りでなくともかまいません」
一の妃の父親である彼は、思い詰めた様子で言う。
国のことを心底憂いている様子だ。他の家臣たちも皆同意だという表情で頷いている。
だが彼らの中の何人かは、本心からそう思っているわけではないように暁嵐には思えた。
本当のところ暁嵐には、どの家臣が皇太后に通じているかの目星がついているのだ。
静観しているのは、それだけで彼らを排除するわけにはいかないから。
確たる証拠もない中で独断で断罪すれば国が乱れるもとになる。
わかってはいても、凛風のことを思うともどかしく感じた。
皇后とは生まれた時から対立しているが、未だかつてないほど、早く決着を着けたいと強く思う。
「まぁそう急かさずともよいではないか、丞相。陛下もなにかとお忙しい身じゃ。男女のことは繊細ゆえ、わられらはゆったりとかまえていようぞ」
皇太后が扇子を口もとにあてほがらかに言う。丞相が眉を寄せた。
「ですが皇后さま、お世継ぎに関しては……」
「幸いにして、先帝は鬼の血筋をふたり残してくださった。どうしてもの時は、べつの方法もあろう」
暗に、血筋を残すのは自分の子である輝嵐でもいいと言っているのだ。
挑発的な物言いに、丞相がうかがうように暁嵐を見る中、皇太后が暁嵐に向かってにっこりと笑みを浮かべた。
「じゃがもちろん、陛下のお血筋であるにこしたことはない。どなたか、気に入った娘はおりませぬか? この際われらは、数にこだわりはしませぬ。順位の低い娘でも女官でもかまいませぬぞ? のう、丞相」
「はい、それはもちろん」
順位の低い娘という言葉に、やはり凛風との出会いはこの女の差し金だという確信を深めながら、暁嵐はこの後どうするべきか考えを巡らせた。
「陛下?」
甘ったるい声音で暁嵐に呼びかける皇太后と目が合ったその刹那、チリチリという痺れるような感覚が暁嵐のうなじを駆け抜けた。手の震えを誰にも気づかれぬようそっと握る。
生まれた時から対立し、何度も命を狙われてきたこの女に、今はじめて暁嵐は恐れを抱いたのだ。
もしこのまま、暁嵐が後宮の妃を拒み続け、凛風を閨に呼ばなければ、暗殺計画は失敗に終わる。早々に凛風は処分されるだろう。
彼女にとって凛風はただの駒。失敗したなら即座に切り捨てられる存在だ。
「――あいわかった」
皇太后の目を見据えて、暁嵐は答えた。
「明日は必ず妃を閨に呼ぶ」
言い切ると、家臣たちがいっせいに安堵の表情を浮かべた。
「陛下、ありがとうございます」
丞相が嬉しそうに礼を言う。
その彼にちらりと視線を送ってから、皇太后が笑みを浮かべた。
「どの妃をお召しになるのか楽しみにしております、陛下」
皇太后の出席は必須ではないが、内容によっては同席することもある。
「面をあげよ」
暁嵐が玉座に座りそう言うと、丞相が口を開いた。
「陛下この度はお時間をいただきありがとうございます」
暁嵐が無言で頷くと、彼は恐る恐るといった様子でさらに言葉を続ける。
「本日お話したいのは、後宮のことにございます」
暁嵐はちらりと皇太后を見た。彼女がここにいると知った時から進言の内容に察しはついていた。
「後宮が開かれて、ひと月以上が経ちますが、陛下はまだお妃さまをお召しになっておられません。このことを家臣一同大変憂いております」
丞相の言葉に、皇太后が同意する。
「お世継ぎの問題は国の存続に関わることにございますから」
そして蛇のような目で暁嵐を見た。
「ですから陛下、どうか明日はいずれかのお妃さまをお召しになられてくださいませ。順番通りでなくともかまいません」
一の妃の父親である彼は、思い詰めた様子で言う。
国のことを心底憂いている様子だ。他の家臣たちも皆同意だという表情で頷いている。
だが彼らの中の何人かは、本心からそう思っているわけではないように暁嵐には思えた。
本当のところ暁嵐には、どの家臣が皇太后に通じているかの目星がついているのだ。
静観しているのは、それだけで彼らを排除するわけにはいかないから。
確たる証拠もない中で独断で断罪すれば国が乱れるもとになる。
わかってはいても、凛風のことを思うともどかしく感じた。
皇后とは生まれた時から対立しているが、未だかつてないほど、早く決着を着けたいと強く思う。
「まぁそう急かさずともよいではないか、丞相。陛下もなにかとお忙しい身じゃ。男女のことは繊細ゆえ、わられらはゆったりとかまえていようぞ」
皇太后が扇子を口もとにあてほがらかに言う。丞相が眉を寄せた。
「ですが皇后さま、お世継ぎに関しては……」
「幸いにして、先帝は鬼の血筋をふたり残してくださった。どうしてもの時は、べつの方法もあろう」
暗に、血筋を残すのは自分の子である輝嵐でもいいと言っているのだ。
挑発的な物言いに、丞相がうかがうように暁嵐を見る中、皇太后が暁嵐に向かってにっこりと笑みを浮かべた。
「じゃがもちろん、陛下のお血筋であるにこしたことはない。どなたか、気に入った娘はおりませぬか? この際われらは、数にこだわりはしませぬ。順位の低い娘でも女官でもかまいませぬぞ? のう、丞相」
「はい、それはもちろん」
順位の低い娘という言葉に、やはり凛風との出会いはこの女の差し金だという確信を深めながら、暁嵐はこの後どうするべきか考えを巡らせた。
「陛下?」
甘ったるい声音で暁嵐に呼びかける皇太后と目が合ったその刹那、チリチリという痺れるような感覚が暁嵐のうなじを駆け抜けた。手の震えを誰にも気づかれぬようそっと握る。
生まれた時から対立し、何度も命を狙われてきたこの女に、今はじめて暁嵐は恐れを抱いたのだ。
もしこのまま、暁嵐が後宮の妃を拒み続け、凛風を閨に呼ばなければ、暗殺計画は失敗に終わる。早々に凛風は処分されるだろう。
彼女にとって凛風はただの駒。失敗したなら即座に切り捨てられる存在だ。
「――あいわかった」
皇太后の目を見据えて、暁嵐は答えた。
「明日は必ず妃を閨に呼ぶ」
言い切ると、家臣たちがいっせいに安堵の表情を浮かべた。
「陛下、ありがとうございます」
丞相が嬉しそうに礼を言う。
その彼にちらりと視線を送ってから、皇太后が笑みを浮かべた。
「どの妃をお召しになるのか楽しみにしております、陛下」