鬼神の100番目の後宮妃〜偽りの寵姫〜
「郭凱雲、こちらへ」

 役人が指示を出すと、大獄殿の玉座に座る暁嵐の前に鎖に繋がれた凱雲が引き立てられる。土気色の肌に正気を失った目で暁嵐を見た。膝をつき恐怖に震えている。

「へ、陛下……私は決して陛下を裏切るようなことは……」

 命乞いをする彼を隣の役人が小突いた。

「こら、陛下の御前で勝手にしゃべるな」

 そのくらいのこと、仮にも貴族である彼が知らないわけない。もはや正気を失いかけているのだろう。
 離宮での謀反から五日が経った。
あの日、離宮からあがる炎を消し止めた暁嵐は、すぐに皇后側の兵を制圧し怪我人の救出を行った。その場が落ち着いたのを見届けてから、凛風を連れて宮廷に戻ったのだ。
 今彼女は、清和殿にて複数の医師による手厚い治療を受けているが、生死の境を彷徨っている。
 暁嵐は家臣たちを集めて、謀反の夜に起こったことを明らかにし、彼女を自分の皇后にすると宣言した。彼女の命がどうなるかわからない今だからこそそうしたかったのだ。
 皇帝からの強い意向に、誰ひとり反対する者はなく、速やかに国中に発表された。
 本心では、片時も離れず彼女の容態を見守りたい。だが、皇帝としてはそうはいかなかった。
 皇太后が謀反を起こすという国はじまって以来の大事件に、民が不安がっている。片付けなくてはならないことは山ほどあった。そのひとつが、罪人の処分だ。
 謀反に参加した皇太后に組みする主だった家臣たち、皇后と異母弟はすでに自ら処分した。残るは凛風に過酷な使命を命じた張本人、郭凱雲だ。
 彼は謀反には直接参加せず、領地の自分の邸にいた。暁嵐は離宮の炎を消し止めた後すぐに急ぎ軍を向かわせ捕えたのだ。
 事前の取り調べに彼は身に覚えのないことと否定したという。娘、凛風が勝手にやったことだと。
 皇后亡き後、凱雲と皇太后の繋がりを証言する者はたくさんいたが、彼が凛風に皇帝暗殺を命じたところを見た者はいない。今のところ凛風の証言のみである。
 自白がなくとも処分を下すことは容易だが、公平を期すため暁嵐自ら取り調べることにした。

「郭凱雲、娘の凛風に私の暗殺を命じたという話は本当か?」

 単刀直入に問いただすと、凱雲は唾を飛ばして否定した。

「み、身に覚えのないことにございますっ!」

 想定通りの答えに、暁嵐は役人に指示を出す。役人に腕を掴まれた女が入室した。郭凱雲の妻であり凛風の継母だ。
 彼女を見る凱雲の目が見開かれ不安の色に染まった。

「正直に申せ」

 継母の隣の役人が促すと、彼女は早口で話しはじめる。

「夫が娘に陛下の暗殺を命じました。私はこの目で見ました! お、恐れ多く許されぬことと私は反対しましたが、逆らうことはできず……。ふたりいる娘のうち凛風をと決めたのも夫にございます。私は凛風が可哀想で可哀想で……」

 夫の命より自身の保身に走っているのだろう、わざとらしく涙を浮かべて聞いてもいないことまで並べたてる。

「お前……! よくもそんな嘘を! 凛風の後宮入りはお前も賛成していたはずだ」

 凱雲が真っ青になって妻を責めた。

「まさかそのようなことあり得ませんわ。あなたが怖くて言い出せなかっただけです」

 反吐(へど)が出ると暁嵐は思う。彼女が凛風を率先して痛めつけていたというのは、秀宇からの報告で暁嵐はすでに知っている。だがとにかく彼女の証言により凱雲の罪を明らかにすることができた。

「へ、陛下……! この女の話は嘘でございます。こ、こんな女の言うことをまさか本気になさりませぬよう、どうか……」

「残念だが郭凱雲、彼女の証言は凛風と、もうひとりの娘美莉の話とも一致する」

 暁嵐は、彼の言葉を遮りこの茶番を終わらせることにする。

「郭凱雲、皇帝暗殺未遂罪により死罪を言い渡す」

 冷たい声で結論を出すと、彼は泡を吹いてもはや卒倒しそうになる。

「へ、陛下お許しを……!」

 命乞いをする凱雲を無視して暁嵐は役人に目線で指示を出した。

「陛下、陛下! 私は本当にそのようなつもりはありませんでした! どうか、お許しを」

 役人たちに引きずられるようにして凱雲が連れて行かれる。
 暁嵐は継母の方に視線を移した。

「郭家は、貴族の身分を剥奪する。高揚へは別の者を派遣する。すぐに邸を出るよう」

 本音では彼女にも異母妹にも、凛風を痛めつけた報いを受けさせたい。だがこの状態で夫と同じ皇帝暗殺未遂の罪に問うのは無理だった。彼女が口にした通り、一家の長が下した結論に妻子は逆らえない。

「まさか、私が平民になるというのですか!?」 

 継母が声をあげる。

「こら、黙れ! 陛下に口答えするな」

 隣の役人が目を剥いて制止するが、彼女はそれを無視した。

「なれど、皇后さまの母にあたる私を平民になど……なにかの間違いでは? 私は凛風に再会できる日を楽しみにしておりますのに」

 暁嵐の頬が不快感で歪んだ。罪を逃れるだけでなく、散々虐げていた凛風をまだ利用するつもりだったとは。

「凛風はそれを望まぬだろう。お前と郭美莉は、二度と高揚から出ぬように」

「こ、高揚から出られない?」

「ああ、そうだ。万が一にでも凛風と顔を合わせぬように」

 冷たい声で言い渡すと、なにが気に食わないのか、継母が口をヒクヒクさせた。

「陛下、お言葉ですが本来は、凛風は後宮入りする娘ではありませんでした」

 皇帝に向かって言い返す継母に、役人が真っ青になって止めようとするが、彼女の口は止まらない。

「そうでしょう、あのような醜い傷痕がある娘が後宮入りするなどあり得ないことにございます。本来なら私の娘美莉が陛下のおそばにいるべきだったのですわ。それを……あの娘……醜い身体のくせに」

 最後はひとり言のようにぶつぶつと言っている。
 凛風に傷をつけた張本人からのかさらなる侮辱の言葉に、暁嵐の胸に怒りの炎が灯る。凱雲を始末して下ろした手を握りしめた。

「本当に、母親そっくりだ。いつも私の邪魔ばかりする」

 貴族の身分を召し上げられた衝撃からか、継母は我を失い凛風を罵り続ける。
 なるほど、彼女は凛風自身ではなく凱雲の前妻に相当恨みがあるようだ。それをそのまま凛風に向けている。だから執拗に彼女を虐げたのだ。
 暴言を繰り返す女を役人が再び止めようとする。それを暁嵐は目線で制した。凛風に対する言葉にははらわたが煮え繰り返る思いがする。
 だが、ある意味好都合でもある。

「ろくに教育を受けていない、あのような娘が陛下のお側に侍るなど、陛下の威信に関わりますわ。今からでも、美莉と交代させては……」

「そこまでだ」

 暁嵐は鋭く彼女の言葉を遮った。熱に浮かされたように凛風を侮辱していた継母は、ハッとして口を閉じる。だがもう時すでに遅しだ。

「お前にとっては価値のない娘かもしれないが、凛風は私の唯一無二の妃なのだ。これはこの宮廷で知らぬ者はいないことなのだが、私は彼女を侮辱されるのがなにより嫌いだ。二度とそのような口をきけぬようにしてやりたくなるほどに」

 そう言ってゆっくりと立ち上がる。赤い目で睨むと目の前の愚かな女はガタガタと震えだした。

「それにお前は、わかっているようで理解してはおらぬようだ。凛風が皇后の身分になったということを」

「は? ……え?」

「まさか知らないわけではないだろう? 皇族に対する侮辱罪の最高刑を」

 言いながら手の平を彼女に向けた。
 馬鹿な女だと心底思う。自らの行いを反省し、慎ましくいられれば命は助かったというのに。もはやひと欠片(かけら)の同情の余地もない。

「あ……お待ちください。陛下……」

 なにかを言いかける彼女に向けて暁嵐は火を放つ。断末魔が大極殿に響きわたった。
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