ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 何度問いかけてみても、自分がどうして笑顔になれたのかがわからない。
 慎也さんは意地悪だ。
 彼が教えてくれたら、私は何度でも心からの笑顔を浮かべられるかもしれないのに――。

「総支配人は、答えを知っていますよね?」
「ああ。確証はないが、そうだと嬉しい」
「……私が自然と笑みを浮かべる時は――」

 赤ワインを口にして、勤務後の疲れを飲み干した時。
 日本酒をお猪口で飲む慎也さんの横顔を見ると、嬉しくなってしまう。

 今はどちらも該当しないけれど……。

 私の隣には彼がいて、下の名前を呼んでくれた。
 内宮ではなく、香帆、と。

「……嬉しいと、感じた時です。だから……」

 総支配人が私を名前で呼び続けてさえくれたら。
 いつだって幸せな気持ちに包まれて、笑顔で宿泊客に応対ができるはずだ。

 だが……。
 そんなことを口にしたところで、その願いを叶えてなどもらえないだろう。

 宿泊客がフロントに顔を出したら、耳元で名前を囁いてほしい、なんて。
 そんな願い、叶えられるはずがなかった。

 いくら私達の教育係として出向しているとしても。
 総支配人には、ホテル・アリアドネ全体を通して管理する義務がある。
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