ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 三百六十五日つきっ切りでフロントにいられるわけがない。
 妄想でカバーしろと言われるに決まっているはずだから。
 私は慎也さんにその願いを申し出ることはできなかったのだけど……。

「俺が君の名前を呼ぶことで、宿泊客に不快な思いをさせずに済むのであれば」
「……総支配人?」
「俺は堂々と、君の名を呼べる」
「ですが……」
「幼馴染に負けてなど、居られない」
「勝ち負けの問題では、ないような……」
「いや。俺は君の、唯一でありたいんだ」

 そんなことを言われたら、期待してしまう。
 こんなところで、駄目だとわかっているのに……。

 彼は御曹司。
 いずれホテル・アリアドネの頂点に君臨する男性だ。

 社内恋愛は禁止なのだから、バレたらクビになるのは私だけ。
 これ以上近づいてはいけない。
 現状維持で満足しなければならないのに――。

「愛しい君の名を、業務中にも呼ばせてもらえないか」

 許可など、必要なかった。
 それが手っ取り早く私の笑顔を引き出す秘策なのであれば、断る理由はないだろう。

「もちろん、です……」
「ありがとう。香帆」
「……っ!」

 私は口元を両手で抑えながら、悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪える。
 職場で、彼から名前を呼ばれるなんて。
 あり得ないことだと思っていた。
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