ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 けれど。

 これからは、職場でも私のことを下の名前で呼んでくれるのね……?

 そう思ったら、嬉しくて仕方がない。

 チェックアウトが終わったばかりだと言うのに。
 私は頬を緩ませながら、手首を掴む手を離してもらおうとした。

「総支配人。あの……」
「この程度で喜んでいるようでは、今後持たないぞ」

 私と顔を合わせてたった二日で、勤務態度を改善してしまうと本社へとんぼ返りしなければならないからだろうか。

「君の笑顔を引き出せるのは、俺だけだ」

 彼は名前を呼ばれたくらいで微笑むなと釘を差して来たかと思えば、次の瞬間には独占欲を曝け出してくる。
 まるでジェットコースターに乗っているみたいな落差に、青くなったり赤くなったり忙しない。

「しっかりと胸に、刻み込んで置くように」

 ――何事も、平常心。

 過度な期待はしない。

 ホテル・アリアドネでフロント係として働く限り、彼と結ばれることはないのだから――。

 総支配人は私の返事を聞くことなく、フロントをあとにした。
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