ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 1週間以内に距離を詰めなきゃ。
 もう二度と、会えなくなるかもしれない。
 あの時告白しておけばよかったと後々後悔するくらいなら――。

「潤沢にご用意がございますが……」
「それじゃあ、あと二本ください」

 焦った私は、勇気を振り絞って追加オーダーをマスターへ提案する。

 このバーへ通い始めて約一年。
 一杯呑んで帰ると言うルーティーンが、初めて破られた瞬間だった。

「かしこまりました」

 マスターは私の注文を二つ返事で了承すると、バーカウンターの奥へ引っ込む。

 私の思いがけない行動は、彼にとってもあり得ないことだったのだろう。

 その様子を目にした真逆の椅子に座る男性客は、こちらに怪訝そうな視線を向けていた。

 ――理解に苦しむ。

 そう称するのが一番相応しい表情もまた、とても魅力的だ。

 アルコールの熱にやられてすっかり出来上がっている私は、彼がこちらを視界に映していることを知っただけで、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。

 ――ふふ。今の私、信じられないくらいに気分がいいわ。

 職場ではお客様に不快感を与えないように笑えと言われても、うまく微笑めないのに。
 気分が高揚した私は、うっとりと頬を緩ませて広角を上げる。
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