ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 手のひらに重ねられた指から熱が伝わると、ドキドキと胸が高鳴り、期待してしまう。

 これがご褒美なの?

 今よりもっと頑張って、お客様の満足行く対応ができたら。

 彼はもっと私に、気のある素振りを見せてくれる……?

 こんな不順な動機で瞬時に対応を変えるなんて間違っていると、自分でも思うけれど。

 彼の言う通りにしていれば、クレームゼロが達成できるかもしれない。

 逆らう理由などないと、女性客を安心させるための言葉を紡いだ。

「当ホテルで落とされたのでしたら、必ず見つかります。ご安心ください」
「本当、ですか……?」
「ええ。こちらに宿泊した際の部屋番号と、心当たりのある場所。必要事項の記入を、お願いできますか」
「はっ、はい……!」

 女性は涙を手で拭うと、意気消沈した様子で紙にペンを走らせた。

 私はうまく、微笑めていただろうか。

 彼女が下を向いて熱心に必要事項の記入を行っている間に、背後に控えて手を重ねた支配人と視線を合わせる。

「上出来だ」

 再び小さな声音で優しく紡いだ彼は私から手と身体を離すと、渉の下へ戻ってしまった。

 それが名残惜しいと感じるあたり、総支配人に絆されているのかもしれない。

 期待をするほど、裏切られた時がつらいとわかっているはずなのに。
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