ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 私は彼に対する思いを募らせては、業務に集中しようと身を引き締めた。

「ご記入頂きまして、ありがとうございます。お品物の捜索を終え次第、ご連絡いたします。それまで、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「……はい……」

 女性客はとぼとぼと、覚束ない足取りでフロントに備えつけられたソファーに座り、顔面蒼白な様子で待っている。

 私は紙に記載してもらった落とし物情報を急いでパソコンの画面上に入力すると、従業員達へ一斉にメールを送信した。

「なぁ、香帆。さっきの笑顔……」

 渉も声の大きさを、改善するつもりがあるのかもしれない。

 支配人のアドバイスを受けて、腹式呼吸をやめようと必死になっている。
 そのため、声のトーンがデコボコと大きくなったり小さくなったりしていた。

 私がそれに不快感を表さぬように気をつけながら、幼馴染と見詰め合おうとした時のことだ。

「香帆」
「はい」
「館内の巡回も兼ねて、確認してくる」
「よろしくお願いします」

 こちらの意識を、渉から自分へ向けさせるためだろう。
 総支配人は私の名を呼ぶと、すれ違いざまにさり気なく耳元へ唇を近づける。

 今度は一体、どんな言葉を紡がれるのだろうか。
 私は緊張の面持ちで、彼の口から紡がれる言葉を待った。

「退勤後、いつものバーで」

 どうやら、私に拒否権はないようだ。

 どんな反応を示そうか戸惑っているうちに、彼は落とし物を探しにフロントから出ていってしまった。

「落とし物、見つかるといいな~」

 去りゆく支配人の姿をあっけらかんとした様子で見守る渉が紡いだ言葉へ頷いた私は、憂鬱な気持ちになりながらその後の業務に遵守した。
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