ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 彼は私に一言断ると、奥に引っ込んでしまった。

 本当に、あの人は……。
 私を待たせるのが好きね。

 本社勤務の時は、いつだって私を待っていてくれたくせに。
 支店にやってきた途端、毎日のように待たせるんですもの。

 勘弁してほしいわ。

 ――社内恋愛が、禁止でなければよかったのに。

 そうしたら、彼を呼び止めて。
 手を繋いで二人並び、肩を寄せ合いながら。
 東京駅前店からこのバーに続く道のりを歩めたのに――。

 なんて、ね?
 ないものねだりは、虚しいだけだわ。

 グラスに残っていたキティを飲み干した私は、帰ろうと決意する。

 話したいことがあると提案したのは彼で、一杯飲み干すまでに姿を見せなければ帰ると事前に宣言したのは私ですもの。

 待ちぼうけを食らって、おんぶにだっことは行かないでしょう。

「マスター。今日は帰るわ」

 席を立ち、奥に引っ込んだ彼を呼びつける。
 総支配人のことを聞かれるのではないかと警戒して出てこなければ、万札を置いて帰路に着く予定だ。

「足りなかったら、明後日請求して頂戴。よろ……」
「話があると、言ったはずだが」
「……!」

 姿の見えないマスターに向け、すべてを言い終わるよりも――支配人に背中から抱きしめられ、囚われる方が早い。
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