ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 耳元で囁かれる声を聞いて、震え上がるほど驚いたけれど――相手が彼で、耳の後ろを甘噛みされたと気づいた瞬間。
 私の頬は赤く色づいていた。

「俺と顔を会わせることなく退店するのか。酷い女だな」
「遅れてきた、総支配人が悪いと……」
「愛してやまない女性から役職名で呼ばれる俺の気持ちを、少しだけでもいいから労ってほしいものだ」

 それができていれば、とっくの昔に彼氏ができていただろう。

 生まれてからこの方、告白経験すらもない私に、そうした配慮を求める方が酷だと気づいてほしい。

 私は胸の前で腕を組むと、か細い声で呟いた。

「男心など、理解できるわけがないでしょう」
「君のそばにはいつだって、相原がいたと聞いている。いくらでも勉強する機会があるように見受けられるが」
「渉と総支配人は生物学上男性でも、同一人物ではないじゃない。あいつの趣味趣向をあなたに当てはめて考えるのは、危険だわ」
「それは、一理ある」
「でしょう?」

 理解したなら早く、背中から抱きしめる腕を離してほしいのに――。

 彼は首に回した腕へ力を込め、私を逃げられないように閉じ込める。

「しかし……俺のことを役職名で呼び続けるのは、別問題だ」

 私がどこかへ消えていなくなったとしても。
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