ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 いつも相原兄妹に頼り切りだった私が彼らと離れ、慎也さんの言葉を一番に取り入れ実行なんてできるのかしら?

 一抹の不安を抱きながらも。
 彼に嫌われてしまうかもしれないと恐れた私は、ぎこちなく首を縦に振った。

「こ、心がけてみるわ」
「ああ。すぐには難しいだろうが……。俺も、香帆の婚約者として。君を幸せにすることだけを考えて生きて行く」
「そんな、大袈裟な……」
「今日の洋服選びは、その一環だと思ってくれ」
「洋服?」
「そうだ。俺も香帆の、着飾った姿が見たいからな」

 ホテル・アリアドネで勤務する際、女性の制服はスカートとパンツスタイルの中から自由に選択が可能だ。

 秋菜はスカート。
 私は入社時から、ずっとパンツスタイルで通している。

『香帆は絶対、パンツスタイルが似合うと思うの……!』

 出しなれない大声で必死に秋菜から懇願されたならば、私にスカートと言う選択肢は存在しない。

 そうしてプライベートでも女性らしい服装からは縁遠い生活をしてきたため、慎也さんから着飾った姿が見たいと提案された時はとても驚いてしまった。

 ――彼はちゃんと、私を女性として見てくれているのね……。

 それが何よりも嬉しくて。
 私はゆっくりと、彼の大きな手に指を這わせた。

「香帆……?」
「私はその言葉だけで、充分よ」

 高級な衣服を身に纏う必要などない。
 もっとランクを落としたいと伝えたつもりだったけれど。

 どうやら彼に火をつけてしまったようだ。

「いや。今日は君に一番似合う服を見繕うまで、店から出られないと思ってくれ」
「そ、そんな……!」

 離れないように指を絡めて繋いだ手に力を込めた彼がくすりと笑ったのを見て。
 私は着せ替え人形になることを渋々同意したのだった……。
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