ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 ――ごめんね。秋菜。

 胸の痛みに見てみぬふりをしながら。
 私は幼馴染が納得するまで何度でも宣言しようと覚悟を決めると、もう一度はっきりと告げる。

「私は、村上慎也さんと結婚する」
「あー。わかった。了解」
「……渉っ!」

 彼女が大声で泣き叫びかけた瞬間、渉が軽い口調で私と慎也さんの結婚をあっさりと了承してみせた。

 秋菜は他に言うことがあるだろうと、兄を普段のおっとりとした瞳からは想像もつかないほど鋭い瞳で睨みつけているのが印象深い。

 まるで人が変わったんじゃないかと思わずに居られない彼女の豹変ぶりに目を丸くしながらも、発情期で気が立ってる猫はこんなふうに他人を威嚇するんだろうなと考える。

 簡単な話が、現実逃避をしないとやってられないってことだ。

「とりあえず、全部最初から説明してくんね?」
「違うよ! ここはあんな奴には渡さないって、ぐわって行かなきゃ……!」
「秋菜のことは、無視でいいからさ?」

 渉は人当たりのいい笑みを浮かべて、そう告げた。

 激しく癇癪を起こす妹を一切無視して何事もなかったかのように話を続けて欲しいと促すあたり、渉はどうやらかなり冷静なようだ。
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