ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 手首を掴んだままの彼に、退店を促されたのは。

「場所を変えないか」
「ここでゆっくり、話をするんじゃないの……?」
「申し訳ございません。本日はお二人以外のお客様がいらっしゃらないようですので……」
「お店、閉めちゃうのね」
「その予定です」
「そう……」

 マスターがお店の閉店作業を行うためには、私達の存在など邪魔でしかない。
 そう言うことならと察した私は男性客の申し出とマスターの言葉を素直に受け取り、バーをあとにすると決めた。

「立てるか」
「ええ。問題ないわ……。ありが……!」

 椅子から立ち上がった私は、お礼の言葉を全て言い終わる前にバランスを崩してよろけてしまう。

 ――倒れる……!

 バーカウンターの角へ頭を打ちつけたりしたら、流血沙汰にもなりかねない。
 どうにか左側に身を捩り、頭だけは守ろうとしたのだけれど――。

「無理をするな」

 腰元に腕が回ったと思いきや、勢いよく抱き寄せられ――いつの間にか私は彼の逞しい胸板に全身を押しつけられていた。

 耳を澄ませば、トクトクと心臓が刻む鼓動の音がする。

 彼も私と密着したことで、緊張しているのかしら?

 こちらを見下すその瞳は、物欲しそうに細められていて――。
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