ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「立って歩けないなら、仕方がない」
「きゃ……っ!」

 呆れたように優しく微笑むと、私を抱き上げた彼は手慣れた手つきでマスターへ会計を依頼した。
 財布から取り出したのは、店内の照明に照らされ黒光りするブラックカード。

 私も慌てて肩に下げたショルダーから、自分が飲み食いした金額を支払おうとしたのだけれど――。

「またのご来店を、お待ちしております」
「行こう」

 彼はどうやら私の分まで、会計を済ませてしまったようだ。

 赤ワイン3本分の会計は、一般男性であれば代わりに支払ってやるのは惜しいと思うような金額のはず。

「あの! 会計……」
「気にするな」

 酔っていても、それくらいの判断はつけられる。
 私はどうにかして飲食代を支払おうとしたのだけれど、断られてしまった。

「でも……」
「タクシーを捕まえるか、二人きりになれる場所へ行くか。どちらがいい」

 どうにか足掻いてみたが、私を抱き上げ夜の街を歩く男性は聞く耳を持ってくれない。

 低く絞り出すような声で問いかけられ、その選択肢を選んだ場合自分がどうなるのかを考える。

 前者であれば、恐らく車内で話をするのだろう。

 私を自宅まで送るつもりなのか、彼の済む部屋へ連れ込むつもりなのかはわからないけれど。
 何事もなかったかのように別れる可能性のほうが高い。

 でも、後者を選べば――。
 もっと積極的にアピール出来れば、既成事実を作れるような気がする。
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