ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 隣に立っている渉は、何が面白いのだろうか。
 腹部を両腕で押さえながら、声を殺して笑っている。

「くくく……っ!」

 ――私もあんな風に喜怒哀楽をはっきり表現できれば、お客様に不快な思いをさせずに済んだのだけど……。

 作り笑顔を浮かべようとすればするほど表情筋が固まり、もっと宿泊客に不愉快な思いをさせてしまう。

 その自覚がある私は勤務態度改善を受け入れ、「わかりました」と首を縦に振るわけには行かなかった。

「なら、今日からベッドメイキング係に……」
「いえ。受付業務は、このまま続けます。急なシフト変更は、同僚の迷惑になりますので」
「君は本当に、融通が利かないねぇ……」
「勤務に戻ります」
「内宮くん! まだ話は――」
「んじゃ、オレも! 失礼しまーす!」

 話が終わったのであれば、支配人室に長居する理由はない。

 一言上司に断りを入れてから頭を下げて踵を返せば。
 同時に呼び出されていた渉は私が退出する瞬間を見計らい、びしりと元気よく敬礼をしてからあとをついてきた。

 混乱に乗じて、ちゃっかりうまく立ち回るあたりが彼らしい。

「まさか支配人から直々に、戦力外通知を受けるとはな~」

 渉もなぜ自分が呼び出されたのかを自覚している為、わざわざお小言を聞く理由はないと考えたのだろう。

 これからどうすればいいのかと内心焦る私とは裏腹に、表向きは何事もなかったかのように頭の後ろで両手を組んで、リラックスした状態で気だるげに廊下を歩いていた。
< 3 / 168 >

この作品をシェア

pagetop