ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 渉はスキンシップが過剰で、持ち前の人懐っこさで女性達をその気がなくても虜にしてしまう。

 その結果、隣にいる私はいつだって女性達にあらぬ恨みをぶつけられてきた。
 本当に、いい迷惑だ。

 学生時代に比べたら、だいぶマシにはなったけれど……。
 あの時ほど、相原家の娘として生まれたかったと思わない日はない。

「本店から、御曹司が出向してくるんだってよ」
「社長の息子?」
「そう! オレ達の勤務態度を改善するために!」

 渉は先程までの神妙な雰囲気を霧散させ、持ち前の明るさを取り戻すと大声で力説した。

 ――御曹司、ねぇ……。

 私も風の噂で、少しだけ耳にしたことがある。

 大学卒業後すぐに本店に配属された御曹司はその手腕を遺憾なく発揮し、一気に総支配人の座へ登り詰めた。

 従業員と言葉を交わす際は氷のように冷たいが、宿泊客への接客態度は柔らかな笑みを浮かべて応対する。
 その姿は正しく、ホテル・アリアドネに君臨すべき民に優しく重鎮に厳しい王のようだと称され――目麗しい容姿も相まってホテル王と呼ばれていたはずだ。

 もしもそんな男性がこの支店に顔を出すのであれば――毎日従業員の間に不穏な空気が流れ、今まで以上に雰囲気が最悪になるでしょうね。

 私がプライドを投げ捨て、一瞬でもいいから笑顔を浮かべればいいだけだってことは、わかっているけれど。
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