ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 それを実行したところで恐れられるだけだから、私は笑顔を封印したのだ。

 来客を不快にさせるわけにはいかないから、馴れない笑顔を作って接客したのに。
 その笑顔さえも恐ろしいと言われてしまったら、どうしようないじゃないか。

 どっちにしろクレームに繋がるなら、無理をして微笑む必要はない。

 開き直った私が悪評をゼロにするには、笑顔の練習が必要となるだろう。
 私は本社から出向させられた御曹司を、顔を合わせる前から憐れんでいた。

 ホテル王が直々に私達の指導係を買って出たとしても。
 勤務態度が改善されるわけがないのだから……。

 噂が真実にならないことを、願うしかなかった。

「やべーよ。どうする? オレ達、クビになっちまうかも」

 紡がれる言葉こそ怯えているようにも聞こえる内容だけれど。
 彼の声は普段通り快活さで、本当にクビになると恐れているようには思えなかった。

 私達は正社員ですもの。

 宿泊客に対する態度が悪く、ホテル・アリアドネの品位を落とすクレームに繋がっているとしても。

 与えられた仕事をきっちりこなしていれさえすれば――注意されることはあっても、職を失うことはないはずだった。
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