ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 私は憂鬱な気持ちでいっぱいになりながら、当然のように隣へ立つ渉とともに多目的ホールへ移動する。

「あ……。香帆……」

 どうやらフロント係は、一番最後に招集を受けたらしい。

 丸く円を描くように従業員が集まる中で、ベルガールの制服に身を包んだ秋菜が私の名前を呼んだ。

 兄は声が大きいせいで問題を起こしているが、妹の秋菜は逆に声が小さい。

 か細い声と小柄な容姿は小動物と評判で、一生懸命仕事をする姿が宿泊客に大好評。
 私達に比べるとクレームの発生率は上から注意されるレベルではないらしい。

 幼馴染三人組の中で、ある意味一番の優等生だった。

「帰ってから、ゆっくり……ね?」
「うん……」

 昨夜の件について何か言いたげな秋菜に近寄り、耳元で囁く。
 彼女ははにかみながら小さく頷くと、私の隣に立って前を見つめた。

 コツコツと足音を響かせ――見覚えのあるスーツを着た男性が、姿を見せたからだ。

 相原兄妹に左右を挟まれ真ん中で立っていた私は、その人物を前にして驚愕の表情を浮かべる。

 ――だって。まさか。
 そんなの、あり得ない。

 行きつけのバーにさえ顔を出さなければ、もう二度と会うことはないだろうと思っていた人が――硬い表情で従業員全員を見渡せる位置で立ち止まったからだ。
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