ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「内宮香帆。至急、私の元へ来るように」

 ――やはり、来たか。

 名前を呼ばれた私は、返事をする気にもならない。
 このまま他人のふりをして切り抜けたいところだけれど、同僚達の視線が私に集中している。

 とてもじゃないが、言い逃れなどできそうになかった。

「彼女以外の従業員は、普段通りの業務に遵守するように」

 総支配人の号令により、集められた従業員達がそれぞれの持ち場に戻り始める。

 ――このまま他の従業員達に紛れて会場をあとにすることは難しそうだわ……。

 私が覚悟を決めると、右隣に居た渉が勢いよく挙手をした。
 持ち場に戻ろうとしていた従業員の何人かは、何事かと歩みを止める。

 幼馴染がこれから紡ぐ言葉は、長年一緒に居ればすぐにわかった。

「渉……」

 私は急いで止めようとしたが、間に合わなくて――。

「あの! なんで、香帆だけなんすかね?」

 私は頭を抱えて、蹲りたい気持ちでいっぱいになった。
 下の名前で呼ぶあたりが、最悪にも程がある。

 ホテル・アリアドネには恋愛禁止の掟があるのだ。

 私は二人きり以外の時には気を使って、幼馴染を名字で呼んでいるのに……。
 これでは親しい仲であると暴露しているようなものだ。
 勘弁してほしい。
< 39 / 168 >

この作品をシェア

pagetop