ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「……下の名前で、呼び合うほどの関係なのか」
「そりゃ、そうすよ。香帆はオレの――」
「――相原くん! 総支配人に失礼でしょう!?」
「なんでそんなに怒ってんだよ? クレームはオレ宛にも、山程来てるんだろ?」
「だからって……!」

 渉へ小声で私が話しかけても、幼馴染の音量は大きいままなのだからどうしようもない。
 いかにも不機嫌ですと言うような瞳で睨みつけられてしまえば、こちらもこれ以上は庇い切れなかった。

 ただでさえ総支配人とは、昨夜の一件があって気まずくて仕方がないって言うのに……!

 もう、穴があったら入りたい……。

 私が居た堪れなくなって口を閉じれば、彼の低い声が渉に向かって紡がれた。

「君が相原渉だな」
「はい。そうっす。オレも、聞き取り調査が必要だと思うんですけど……」
「……彼女との話し合いが済み次第、君とも面談を行う」
「一人ずつなんて、非効率じゃないっすか。二人一緒にやれば――」
「内宮」
「……はい」

 総支配人から名字を呼ばれると思っていなかった私は、喜びを顔に出さいよう気をつけながらゆっくりと彼の背中を目指して歩き出す。

「香帆? なんで……」
「また後でね」

 幼馴染の困惑する声が聞こえてくるあたり、私は笑みを浮かべているのかもしれない。

 ――大好きな人が、私の名前を呼んでくれたのだから……。

 ここが職場であることも忘れ、気分が高揚するのは当然のことだ。

 問題は渉が私の片思いしている相手を知らないせいで、なぜ微笑んでいるのかを読み取れないことくらいだろうか。

 自宅に戻れば、幼馴染とはいつだって言葉を交わし合えるけれど――総支配人とプライベートな話をするのは、勤務終了後シフトが合う日のみに限られる。

 これから彼に勤務態度の件で怒られるとわかっていても。

 私は愛する人と二人きりで会話できる喜びと幸福感に包まれながら、多目的ホールに残っていた同僚達の驚愕で目を見開く視線にも目もくれず、管理人室へ移動し――総支配人と、話し合うことになった。
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