ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「ご指名頂きました。内宮香帆です」

 管理人室で二人きりになった私は、念の為改めて自らの名前を名乗る。
 総支配人は私を一瞥するだけで、顔色を変化させることはなかった。

 あまり感情が顔に出ないタイプなのは間違いない。

 渉に下の名前を呼ばれている姿を見てから、彼はずっと眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情をしながら胸元で両腕を組んでいた。

「あの……」

 総支配人は待てど暮らせど、無言で私を見つめている。

 彼は深いため息を溢したあと一人がけのソファーに腰を下ろすと、右手で対面の席を指し示す。

 どうやら、わざわざ声を出して命じる気にもならないようだ。

 私は会釈をしてから、その席に座った。

 ――これから総支配人の口から紡がれる言葉は、容易に想像できる。

 早く終わらせてほしいと、こちらから促すか迷いながらじっとしていた時のことだ。

「65件」

 彼は長い沈黙のあと、重苦しい声で数字を紡ぐ。

 なんの話かしら?

 言葉の意味を理解できなかった私は、眉を顰めて彼を見つめた。

「ホテル・アリアドネに勤務し、フロント係になってから五年で、君宛てのクレームを受けた回数だ」

 今日出向になって、もうデータを確認したのか。

 随分と早いなと考えたけれど、彼の目的が先程宣言した通りの話であれば、下調べくらいは当然するかと納得する。
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