ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「私達フロント係は、お客様の円滑なチェックイン、チェックアウトの対応が主な業務です。業務内容に、笑顔は含まれておりません」
「業務内容に書かれていないことをお客様から頼まれたら、君は断るのか」
「当然です。例外を認めると、余計なトラブルになりますので」
「マニュアル人間か……」

 彼は目頭を抑えると、どうしたものかと頭を悩ませている。

 どうやら何でもかんでも安請合いして、宿泊客の無理難題にも笑顔で完璧に対応して解決することこそが、ホテル・アリアドネに相応しいフロント係だと思っているらしい。

 果たしてそれは本当に、あるべき私達の姿なのだろうか。

 総支配人が理想とする接客態度こそ、引き受けたあとのことに不安が残る。

 もしもお客様の要望通りに立ち回れなかったら?

 評価が下がるのは対応をしたスタッフであり、ホテル・アリアドネの評判だ。

 なんでも後先考えずに安請け合いした方が、従業員達に迷惑がかかると思うのだけれど……。

 頭を抱えたいのは、こちらの方だわ。

 私は彼が饒舌に話す姿をじっと見つめながら、吊し上げが早く終わることを祈った。

「プライベートな話を持ち出すべきではないと、理解しているが……」
「でしたら、口に出さない方がよろしいかと思います。仕事には関係ないので」
「君は赤ワインを口にした瞬間、いつも幸せそうな顔で微笑んでいた」
「それはプライベートな時間だからで……」
「あの表情を、接客に活かせばいいだけだ。なぜできない」

 行きつけのバーで赤ワインを口にして幸せな気分に浸り、笑みを浮かべていた瞬間を、彼はしっかりと目に焼きつけていたようだ。
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