ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 今度は口だけではなく全身で、持ち前の明るさを発揮している。

 こちらが仕事モードへ切り替えたように、彼も事前に作成したキャラを演じることにしたのだろう。

 ――演技か。
 厄介だな……。

 内宮が意図的に笑顔を作れないのは心の問題のように見えるが、相原はわざとだと思われないよう巧妙に素の自分を隠し、わざと大声で接客するよう心がけている。

 それはクビになるかもしれないと怯える彼女と同じ立場になって、寄り添うための策略なのだろう。

 彼女を絶対一人にしないと言う強い意志を感じるが、もしもそれが事実であれば……。

 彼はその気になればいつでも、勤務態度を改善できると言うことだ。

「わかった」

 無理にその勤務態度をどうにかしようと手を尽くすだけ無駄と知った俺は、頭ごなしに叱りつけることはせずに彼の言葉を受け入れた。

 相原は後回しでいい。

 今は内宮の作り笑顔をいつでも自らの意思で思い浮かべられるように、指導することだけを考えなければ……。

「いいんすか? このままだとオレ、今まで通りクレームを量産しちゃいますけど?」
「構わない」
「太っ腹っすねぇ~」
「君の性格は、よく理解した」
「へぇ?」

 出会ったばかりで一体何がわかるのかと言うように、彼の瞳が細められる。

 ソファーから立ち上がった俺は、すれ違いざまに相原の神経を逆なでする言葉を耳元で囁いた。

「いつまでも香帆が、君だけのものだとは思わないことだ」

 一瞬だけプライベートへ意識を切り替えれば、思っていた以上に冷たい声が唇から紡がれる。

 彼の性格であれば、大声で反論してきてもおかしくないと考えていたが――意外にも、相原からの返答はなかった。

「フロントに戻るぞ」

 ここから先は、再び業務に集中しなければ。

 再び総支配人としての仮面を被り直した俺は、彼を引き連れ内宮の待つフロントへ戻った。
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