ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
6・ノミュニケーション
「接客とは何たるかを、俺が直々に教えてやる」

 そう豪語した総支配人は、渉と話し合いを終えたあと当然のようにフロント業務を申し出た。

 私は彼のサポートをするために、雑用係に格下げとなるらしい。

 入社五年目なのに、なんで今さら雑用なんか……。

 まるで新入社員のような扱いを受けることには、文句しかないが……。
 これもすべて、宿泊客に向かってうまく笑顔で応対できなかった自分のせいだ。

 日頃の行いを反省した私は、支配人室を出てからは大人しく彼のサポートに徹した。

「いらっしゃいませ。大変恐れ入りますが、こちらに必要事項のご記入をお願いいたします」

 彼は行きつけのバーや平常時では、無表情や不機嫌そうな顰めっ面でいることの方が多いのだけれど……。

 宿泊客を前にした瞬間、近寄りがたく厳格な空気が柔らかなものへと一変する。

 優しい微笑みを浮かべた総支配人の姿に訪れた女性客は顔を赤らめ、指示通りに必要事項を記入していた。

「いいか。大事なのは、お客様に不快感を与えないことだ」

 私がじっと、笑顔を浮かべた総支配人の横顔を見つめていたからだろうか。

 彼は今までのフロント対応がどれほど間違っていることなのかを力説してきた。

「心の中でどう思っていようが……その気持ちをけして、外に出してはいけない」

 私は指摘された通りに態度へ出すことなく、無表情で淡々と告げる。
< 57 / 168 >

この作品をシェア

pagetop