ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 その自覚があった私は宿泊者が途切れた頃合いを見計らい、頭を過ったある懸念を打ち明けることにした。

「あの、総支配人……。少しよろしいでしょうか」
「どうした」
「お客様の前だけでしたら。笑顔を浮かべることが不可能ではないかもしれません」
「本当か」
「ですが、その……」

 期待を込めた眼差しをこちらへ向ける総支配人を直視できず、言い淀む。

 彼は一日で解決できるかもしれないと期待で胸を膨らませているようだが……。

 残念ながら、そうは問屋が卸さない。

 笑顔を浮かべただけでは、クレームをゼロにすることなどできないのだ。
 なぜならば――。

「自分では笑顔を浮かべているつもりなのですが、恐れられてしまうのです」
「……どう言うことだ」
「心の内から自然と溢れ出た笑顔以外は、目が笑っていないようで。口裂け女のようだと言われました」

 目を丸くした総支配人はあたりを見渡し、宿泊客の目がこちらに向いていないことを再び確認してから、実践してみるようにと促して来た。

 控えめな性格の秋菜が、初めて私の作り笑顔を見て泣き叫んだくらいだ。
 何があっても笑い飛ばす渉でさえも、それは封印するべきだとアドバイスをしてくるのだから……。
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