ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「傷ついてなど……」
「心が泣いている。見て見ぬふりをするな」
「泣いてません」
「人間は、内宮が思っているほど強くない」
「私の感情まで、管理するつもりですか」

 彼は当然のように頷くと、私の耳元に唇を寄せる。

 長い間密着した状態の私達に、同僚達の訝しげな視線が突き刺さっていた。

 総支配人はそうした従業員達の反応など一切気にする素振りを見せず、小声で囁く。

「俺は内宮の自然と浮かび上がる心からの笑顔を、引き出さなくてはならないようだ」

 ――堂々と宣言すればいいのに。

 私が眉を顰めながら聞いていれば。
 彼は饒舌に口を動かし、こちらへ質問する。

「そのためには、何が必要だと思う」

 思っても見ないその問いかけに、返答を返す気にもならない。

 それを考え実行するのは、教育係である総支配人の役目だ。

 私が無言を貫いていれば、彼は聞き慣れない言葉を口にした。

「飲みニケーションだ」
「はい?」

 私は思わず呆けた表情で聞き返してしまう。
 心の中は、疑問でいっぱいだ。

 ――冗談じゃ、なかったの?

 どうやら彼は、本気でプライベートにも干渉してくるつもりのようだ。

 感情の読み取れない真っ直ぐな瞳が、私を見下している。

「仕事終わり、いつものバーで待っている」

 今日出会ったばかりの総支配人が、フロント係を面と向かって飲みに誘うのは不自然だ。

 小声で囁いてきた理由を知った私は小さく頷くと、満足そうに優しく微笑んだ彼から身体を離した。

 ――その満面の笑みは、反則でしょう……。

 スイッチのオンとオフが下手な私は、仕事モードからプライベートモードのスイッチを遠隔操作でオンにされたような感覚に陥り、挙動不審な状態で長い間総支配人のサポートをすることになった。
  
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