ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
「香帆……」

 ――勤務終了後。

 ロッカールームで制服から私服へ、着替えた直後のことだった。
 か細い声で名前を呼ばれた私は、その方向へと視線を巡らせる。

「昨夜何があったのか……。すべて打ち明けるまで。今日は寝かさないからね……?」

 そこにいたのは、相原秋菜だった。

 彼女は私の手首を掴んで逃げられないように退路を塞ぐと、制服を脱いで着替えを始める。
 このまま秋菜は自宅まで連行するつもりのようだが――残念ながら、私には先客があった。

「ごめん、秋菜。このあと先約があって……」
「わたし達とお話するよりも、重要な用事って何……?」
「昨日、飲み歩いて潰れちゃった話をしたでしょう?」
「うん。聞いた、けど……」
「偶然居合わせた男性に、支払いを立て替えてもらったのよ」
「まさか、これから返しに行くの……?」
「ええ」

 秋菜にその男性が総支配人であったと打ち明けることはできなかった。
 相原兄妹は仲がいいから……。

 どちらかに打ち明ければ、必ず黙っていろと念を押したとしても話の内容が数分後には筒抜けになってしまうのだ。

 彼女は驚くだけで、苦言を呈することはないでしょうけど……。

 渉がどんな反応をするか読めなくて。
 私は手首を掴んでいた秋菜の力が弱まったことを確認してから、ゆっくりと指を離した。
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