ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 このままじゃ、ロッカールームから出られないわ……。

 勤務開始前のように壁際へ追い込まれる状況だけは避けたかった私は、当たらずとも遠からずな返答をしてお茶を濁すことにした。

「何度かこのあたりで、すれ違ったのよ」
「へぇ? じゃあなんで、オレ達にはまったく見覚えがないんだろうな?」
「渉は同性に、興味がないようだから……」
「忘れちまったって?」
「そうね」
「あのさぁ……。オレ達は、なんでも打ち明け合える幼馴染だよな?」
「ええ」
「なんで隠し事すんの?」
「どうでもいいことまで、白黒はっきりつける必要はないでしょう?」
「大事なことだろ?」

 どうでもいいとなんてことのないように発した私と、なんでそんなこと言うんだと考え直すように諭して来た渉の意見がぶつかり合う。
 あまり自己主張が得意ではない秋菜は、兄に任せておけばいいと暗い表情で無言を貫くことにしたようだ。

 ここで秋菜だけでも味方につけられたら楽なのに……。

 私はないものねだりをしながら、どうやって幼馴染達の手から逃れようかと画策した。

「オレさぁ。香帆が一人で飲み歩いてるのも、あんまりよく思ってねぇんだけど」
「……私達は、他人だもの。いつか必ず、離れ離れになる日が来るわ」
「なんだよ、それ。香帆は、オレ達とこれからもずっと一緒にいる気はないわけ?」
「私は……」
「あのう……」

 ――その時、朝晩のシフトを終えてこれから着替えるためにロッカールームへ入室したがっている女子社員が控えめに声をかけてきた。

 渉は話し合いを邪魔され、不機嫌そうな顔をしているけれど……。
 声をかけられたら無下にはできなかったのか、同僚の邪魔にならないように私から距離を取る。

 これはチャンスだわ!

 逃すわけにはいかないと、勢いよく開いた隙間に身体を滑り込ませる。

「おい! 香帆!」
「帰ったら全部、説明するから!」

 私は大声で叫ぶと、裏口へ向かって勢いよく廊下を大疾走した。
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