ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 渉に本気で追いかけられたら、逃げ切れない。

 私は捕まったらどうしようとビクビクしていたけれど、どうにか無事に行きつけのバーへ足を運ぶことができた。

『交流を深めるなら、飲みニケーションが一番だ』

 総支配人から誘いを受けた私は、業務終了後にここで会う約束をしていたのだ。

 私は朝番、九時出社。

 彼は十時から顔を出し、私の指導係としてフロントで業務を行っていた。

 普通に考えれば勤務終了時刻に一時間の差があるのだから、当然ここで一人赤ワインを飲みながら待つ必要がある。

 連日二日酔いのまま業務に明け暮れるのは、どうかと思うけど……。

 今日はホテルから逃げ出したあとに想像もしないところであの人と再会してしまったり、渉の機嫌を損ねたり……。

 いろんなことがあって、疲れてしまった。

 思い出したくもない出来事はアルコールの力を借りて、パーっと忘れてしまうのがいいだろう。

「いらっしゃいませ」

 バーのマスターは普段、総支配人よりも先に私が訪れることはなかったからでしょうね。
 目を丸くしながらも、優しい笑みを浮かべながら受け入れてくれる。

 小さく会釈してから左端の定位置に座った私は、店主に宣言した。

「いつもの、ください」
「かしこまりました」

 普段であればこのあと赤ワインを提供してもらい、誰とも会話せずに時間が過ぎ去るのを待つのだけれど――。
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