ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 さすがに予定の時刻を過ぎても彼が姿を見せないともなれば、黙って飲酒を続けているだけでは飽きてくる。

 他に来店がないことを確認した私は、思い切ってマスターへ絡むことにした。

「ねぇ~。マスター。ちょっと、聞いてよ~」
「なんでしょうか」
「総支配人ったら、酷いの。いつものお店で待ってろって言うから、ここにいるのに……。約束をすっぽかされちゃった……」

 マスターは私が総支配人と呼ぶ相手が、毎日のように足を運ぶ常連客であることがわからないのだろう。

 不思議そうな顔をしながら、飲んだくれの会話に相槌を打っている。

 酔っ払っている私は店主に現在の状況を説明したせいで、抑え込んでいた感情のタガが外れてしまった。

 瞳からポロポロと涙を流しながら、今日一日体験して来たことを説明する。

「いつもこのお店で、一人寂しく飲んでいる男性客、いるでしょう?」
「はい」
「あの人、御曹司なんですって。私がお客さんの前で笑顔になれないから、改善するために本社から出向して来たみたいで……」
「そうなんですか」
「私の弱いところ、たくさん見られてしまったわ。無言で飲んでいる姿がかっこいいと、少しだけ気にしていたのが馬鹿みたい……」

 恋なんて、始まるわけがないのに……。

 情事のあとに起きた衝撃的な再会さえなければ、ここへ来ることはなかった。
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