ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 ――それって、どうなの?

 どうせバレたらクビになるのであれば、最初から苦手を克服するために頑張る必要があるとは思えない。
 このまま何もせずに辞表を叩きつけて、悠々自適な玉の輿ルートへ乗った方がいいんじゃ……?

「……私がフロント係を辞めるって決めたら。あなたが私に抱く気持ちは、無効になりますか?」
「そうだな」

 ――やはり、人生はそんなに甘くないらしい。

 熟考してから紡がれるはずだと思っていた言葉に、あっさりと返事をされてしまった。

 苦労せずに甘い汁を啜ろうとしたせいで、嫌われたかもしれない。
 不安でいっぱいの私は、膝上に置いた両手を握りしめて泣くのを堪えながら。
 総支配人の言葉を耳にした。

「苦痛を乗り越えた先にご褒美があると思えば、自分でも気づいていない力を発揮できる」
「餌を前にして待てと命じられた、犬みたいな扱いですね……」
「俺から酷い扱いを受けるのは、嫌なのか」

 嫌じゃないと言うのは癪だから。
 絶対に言ってあげない。

 握り締めた掌へゆっくりと自らの大きな手を重ねた彼は、安心させるように手の甲を優しく撫でつけた。

 好きな人の期待は裏切りたくないし、もっと好きになって欲しい。

 そのためには、いつまでも苦手から逃げているわけにも行かないだろう。
 私はもう、子どもではなく大人なのだから。
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