ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 か細い声で苦しそうに呟いた渉は、自動的に閉じた扉の奥に消えてしまった。

 エレベーターは下の階へとゆっくり降下して行く。
 どうやら、2階で誰かが呼んでいるようだ。

 ――渉、大丈夫かしら……?

 慎也さんが好きだと打ち明けた私を見つめた幼馴染の表情は、顔面蒼白と呼ぶにふさわしかった。

 6階から1階まで、全速力で階段を駆け下りたせいだといいけど……。

 ここでいつ戻ってくるかわからない渉を待っているのは時間の無駄でしかない。
 私が総支配人と一緒に帰宅した姿は、恐らく秋菜も目にしている。

 彼女に理由を説明する方が、有意義に時間を過ごせるだろう。

 フラフラと覚束ない足取りで、私はどうにか相原兄弟が暮らすマンションの一室へ繋がる扉を、インターホンの呼び鈴を鳴らさず堂々と開いた。

「ただいまー」

 私の借りている部屋は隣にあるけれど、プライベートな空間だと言う認識はない。
 相原兄妹と私の部屋は、ルームシェアをしているようなものだからだ。

 互いに用事があれば無連絡で行き来するし、冷蔵庫の中身だって好き勝手漁って勝手に使う。

 渉が恋愛対象外なのは、こう言う生活を長年幼い頃から続けていたせいなのかもしれない。

「お帰り、香帆。ねぇ……どうなってるの……?」

 パジャマ姿の秋菜は、困惑しながらも私を出迎えてくれた。
 キョロキョロとあたりを見渡しているのは、兄の姿を探しているのかもしれない。
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