ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 歯切れの悪い言葉は気になる。
 私がじっと黙って続きを待てば。

 彼女は前置きをしてから、胸元で両手を握りしめて私へ懇願した。

「香帆は、渉と結ばれるべきだと思うの……」

 秋菜はか細い声で、いかに渉が私に相応しい男性なのかと語る。

 相原兄妹とは、ずっと一緒にいたんだもの。

 わざわざいいところを羅列されなくたって、魅力的な男性であることは理解してるわ。でもね?

「――ごめんね、秋菜」
「香帆……!」
「私が好きになったのは、総支配人なの。渉と一緒には、居られない」

 秋菜は瞳から大粒の涙を流しながら、お気に入りのおもちゃを取られた子どものように泣きじゃくっている。

 渉と私が結ばれなくたって、彼女と友人であることには代わりないでしょうに。

 この子は一体、何にショックを受けているのかしら?

「酷いよ……っ。渉はずっと、香帆のことが……!」
「――秋菜」

 困惑しながらも彼女を慰めていれば、何かを言いかけた秋菜の言葉を私の背後へ姿を見せた渉が止めた。
 幼馴染の声を耳にして振り返れば、感情が読み取れない表情で彼が立っていることに気づく。

 そんな兄の姿を見たせいか。

 妹はビクリと肩を震わせると、それ以上声を出すことはできないようだった。
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