ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 1008号室の山田様は、毎年決まった日に宿泊される。

 受付でチェックインの際に詳細を語ることなく、必ず口にする言葉がここに記載された内容だった。

 この常連客は事情を知り得ない従業員が聞き返しても、絶対に答えを口にすることはない。

『社歴の長い人に聞けば、わかるから』

 優しい笑みを浮かべる初老の男性は、フロント係を地獄の底へと突き落とすのだ。

 ホテル・アリアドネの従業員は、短期間で入れ替わる。

 トラブルや常連客情報はある程度データ化されているけれど、情報共有がなされていないことも多かった。

 山田様の頼み事は私と渉、支配人達だけが知っている。

 支配人は午後から出社予定で、渉は総支配人と面談中。
 同僚達へ彼らが引き継ぎをしていれば、問題はないけれど――。
 していなければ、大切なリピーター客をがっかりさせてしまう可能性があった。

「ねぇ。誰か渉に、山田様の件。聞いていないかしら?」
「相原くんから? 知らないけど」
「そんな暇なかったろ。あいつ総支配人が来るまで、ずっと雑談してたぜ」
「あー、1107号室にご宿泊の山本様でしょ? 相原くんのこと、気に入っているものね」
「声のデカさが、孫そっくりなんだろ?」
「でも山本さんのお孫さんって、高校生じゃない……」

 渉は同僚達に引き継ぎをすることなく、別の部屋に宿泊していたお客様の話題へ夢中だったらしい。
 雑談を終えてすぐに総支配人と面談を初めてしまったようだ。
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