ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 よく手入れされた漆黒の黒髪をオールバッグにした彼は、気難しい顔で俯いていることが多かった。

 自分以外の客がどんな風にこの店で過ごしていようが、あまり興味がないらしい。
 完全に、一人の世界へ入り込んでいる。

 その姿は気難しそうで、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているようにしか見えないが――。

 私にとっては、そこがいいのだ。

 神経質そうな顔立ちに、男性らしいがっしりとした身体つきは、クール系男子と呼ぶに相応しい。

 渉とは真逆なのだ。

 幼馴染はヒョロっとしていて細身で、茶髪が似合う今どきの若者だから……。

 声の大きさも相まって、落ち着いた大人の雰囲気とは程遠い。
 遊んでいるようにしか見えない外見のせいで、どうにも異性として意識できないのだ。

 渉と似たような雰囲気の男性であれば、幼馴染を選べばいい。

 そう思うからこそ、真逆の誠実そうな印象を与える人が気になってしまうのかもしれなかった。

 同性であればこちらから話しかけるのに抵抗はない。

『奇遇ですね』

 そう声をかけてからたわいのない雑談を繰り返し、連絡先を交換するほどにまで仲良くなれたかもしれないけれど……。

 相手が異性で初恋の相手ともなれば、声をかける難易度は格段に上がる。

 作り笑顔すらままならないことから、自主退職を促されているような人間だ。
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