ホテル王と一夜の過ち 社内恋愛禁止なのに、御曹司の溺愛が止まりません
 私の場合は作り笑顔と規則正しいマニュアル対応さえどうにかなれば一人前のフロント係として認められるが、渉の場合は声の大きさと向こう見ずな発言が問題になっている。

 両極端な私達がクレームをゼロにする道のりは、そう簡単なことではなかった。

 幼馴染に怒鳴り散らされる彼へ少しだけ同情しながら、話が途切れたのを見計らって会話へ割って入る。

「お話中、失礼します。総支配人。少しだけ、相原くんと業務上の話をさせて頂きたいのですが」
「どうした」
「名字じゃなくて、名前でいいじゃん。なんで総支配人に遠慮すんだよ。オレさ。すげー傷つくんだけど」
「無駄口を叩いている暇はないの。いいからさっさと、私の質問に答えて」
「んー? 穏やかじゃねぇな。どしたー?」

 渉は私が名字で呼んだのを許せなかったようだけど、視線を合わせてやれば従来の人懐っこい笑顔をこちらに向けて来る。

 ――よかった。

 いつもの渉だと、安心したのもつかの間。

 あちらを立てればこちらが立たずと言わんばかりに、元々あまり良くなかった総支配人の機嫌が急降下していくのを感じる。

 私が山田様の対応へ向かったあと、トラブルにならなければいいけれど……。

 今はそんなことを気にしている場合ではない。
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